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企業賠償責任

2024年10月30日 (水)

甲府市職員の過労自殺についての甲府地裁の原告勝訴判決 (令和6年10月22日)

1 提訴前の甲府市長の意見書の内容
甲府市の42才の事務効率課の職員が、令和2年1月17日午前5時、市役所6階から投身自殺をした。自殺前の職員の勤務状況について、甲府市長は地方公務員災害補償基金に提出した市長意見書においても、
「確認できた在庁時間の内、パソコンが稼働していた時間を全て時間外勤務とみなす場合には、基金が精神疾患等の公務災害の認定を検討する際に用いる次の3つの要件を満たすことになる。
〇発症直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又は発症直前の3週間におおむね120時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合
〇発症直前の連続した2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の、又は発症直前の連続した3か月間に1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合
〇発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合
(「精神疾病等の公務災害の認定について」(平成24年3月16日地基補第61号)より抜粋)」に該当するとしている。
パソコンの稼働時間という客観的な出退勤の記録によれば、職員が認定基準に該当する時間外勤務に従事していたことを自認している。
なお市長意見書では、「パソコンが稼働していた時間を全て時間外勤務とみなす場合」としているが、「正規の勤務時間以外に行った活動の状況」の「活動内容」(業務に関する活動に限る)の欄には、「組織係に係る業務と推定(パソコンの稼働状況から推定)」と日々記載されている。
また、地公災支部長の「超過勤務命令簿への記載されていない状況において、所定勤務時間外を業務と関わりのある活動であったと見なす理由について」との質問に対し、
市長は「被災職員が所定勤務時間外に在庁していたときの活動内容については、被災職員が当該不安を払拭するため、市役所の組織体制を理解し、職種ごとの業務内容及び部署ごとの業務内容を把握するための資料やデータの閲覧等を行っていたと思われたため、これらの活動は業務と関わりのある活動であったとみなすことが相当であると考えました。なお、こうした業務と関わりのある活動については、業務とみなしております。」と回答している。

 

2 自己申告とパソコンログとの著しい齟齬
しかし、職員の勤務時間の把握は超過勤務命令簿による自己申告でなされていたため、パソコン稼働時間と超過勤務命令簿による自己申告には下記のとおり著しく齟齬が生じている。

 

          パソコンによる時間数   申告による時間数
2019年4月      78:13          18:00
     5月     154:58          39:00
     6月     186:27          36:00
     7月      88:26          21:00
     8月      54:02          30:00
     9月      95:13          22:00
    10月      91:17          21:00
    11月     137:11          23:00
    12月     196:36          24:00

 

訴訟では、原告代理人として、この年度に市の基幹部署である事務効率課に配属された困難な業務の下での常軌を逸した長時間勤務を生じさせて、市長、総務部長らによる勤務時間適正把握体制の欠如が職員の過重な長時間勤務を生じさせ、その結果本件自殺が生じたことを追及してきた。
判決は当然のことだが、市長自ら認めていた長時間勤務に基づき、被告の安全配慮義務違反(国家賠償法1条)を認め、過失相殺等の減額事由も認めることなく、原告の勝訴判決を下している。

 

3 甲府市の勤務時間適正把握体制欠如への言及がなかったことへの原告代理人の思い
しかし、この事件が生じた原因は、市全体の自己申告に基づく勤務時間適正把握体制が構築されていなかったが為に生じたという点につき、判決が殆ど触れていなかったことについて、勝訴したものの原告代理人としての残念な思いはある。
判決はこの事件についての被告の責任を明らかにするだけでなく、過労自殺が生じた原因にまで踏み込んで、再発防止や是正の方向について示唆する役割りも求められるのではないだろうか。

 

ご遺族は、この判決によって被告の責任が全面的に認められたことへの感謝の思いを述べていたが、原告代理人としては、市としての勤務時間把握体制への、もう一歩踏み込んだ言及が欲しかったとの思いはないものねだりなのだろうか。
いずれにしろ、市長意見書で述べている事実のみで、甲府市の責任は明らかな事件であり、訴訟をまたずに遺族に対し責任を認めるべき事案であったことは明白である。

 

4 この判決をうけて甲府市としてなすべきことは
被告としてなすべきは、この判決では充分述べられていない。
当時の、そして現在の勤務時間適正把握体制を中心とした職員の勤務時間管理のあり方について、改めて第三者委員会等を設置して検証することが求められる。

2024年8月28日 (水)

東大阪市立中学教員事件の判決から考える長時間勤務者の産業医面接制度

東大阪市立中学教員の長時間勤務による適応障害発病についての損害賠償請求事件の大阪地裁判決が、被告の東大阪市、大阪府の控訴することなく確定した。

 

この事件の審理のなかで、東大阪市教育委員会が作成していた月80時間を超える時間外勤務に従事していた東大阪市立の学校園の教員の一覧表の一部が提出された。

2408281

原告となった教員以上に長時間勤務に従事している教員がいることが明らかになった。
文科省の通達(平成31年2月12日「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律による改正後の労働安全衛生法の解釈等について(通知)」)は、単月で100時間、複数月で月平均80時間(過労死ライン)を超えた教員については、本人の申出の有無を問わず、長時間勤務者の産業医面接の対象とすることを求めている。

 

しかし、その対象となる過労死ラインを超える教員は毎月多数に及んでいるのに、4月から10月までの7ヵ月間に長時間勤務者として面接を受けた教員は、自ら面接を申し出た数名に留まっていた。

 

訴訟のなかで、原告は東大阪市教育委員会の産業医面接の指導要綱を文科省の通達に沿って、過労死ラインを超えた教員については、産業医面接する内容に改訂することを和解の場で求めた。しかし、東大阪市はこの提案を一蹴したため判決に至っている。

 

心身の健康を損ねるおそれのある過労死ラインを超えて長時間勤務に従事している教員は、前記の一覧表のように多数いるにも拘らず、東大阪市に限らず多くの自治体の教育委員会が作成している長時間勤務者の産業医面接についての要綱等は、文科省通達に反して本人の申出を面接の要件としている。

 

教育現場では、日本の高度な教育が壊れるか、その教育を支える教員の心身の健康が壊れるかの二律背反の状況が生じていると言われるようになって久しい。
教員の心身の健康を守る最後の防波堤とも言える産業医面接を、文科省通達に即したものにすることの重要性を、この東大阪市立中学の教員の国家賠償請求事件のなかでも痛感した。

 

なお、地方公務員全体についても、総務省通達(総行安第3号平成31年2月1日)により、過労死ラインを超えた公務員については、本人の申出なしに面接することを定めている。
一方、原則として全ての労働者に適用される労働安全衛生法66条の8並びにそれに基づく規則は、過労死ラインを超えた労働者については本人の申出を要件としている。(文科省、総務省通達は、国家公務員についての人事院の規定にあわせて、申出なくとも実施するとし、その要件を緩和している。)
労働安全衛生法のこの条項の改正を見据える必要があろう。

2024年8月15日 (木)

なぜ、私は教員の過労死等の損害賠償事件に取り組むのか

1 東大阪市立中学の男性教諭が、教育委員会が把握していた時間外勤務時間によっても、月150時間前後の長時間勤務に従事するなか適応障害を発症した件につき、国家賠償法による損害賠償を東大阪市と大阪府を被告にして求めていた事件につき、大阪地裁は220万円の慰謝料等の支払いを認める判決を下した。

 

2 私が当事者・遺族の代理人として担当した、公立学校の教員が長時間勤務により心身の健康を損ねた件につき損害賠償を認めた事件の勝訴判決は、
 ①滑川市立中学ソフトテニス部顧問教員の過労死(くも膜下出血)
   富山地裁令和5年7月5日判決(確定・判例時報2574号72頁)
 ②大阪府立高校ラグビー部顧問教員の適応障害発病
   大阪地裁令和4年6月28日判決(確定・労働判例1307号17頁)
そして今回の、
 ③東大阪市立中学野球部顧問教員の適応障害発病
   大阪地裁令和6年8月9日判決
と3件になった。
 現在、訴訟係属中の事案としては、令和5年8月28日提訴した、福岡市立小学校主幹教諭の急性心臓病死についての損害賠償事件等がある。

 

3 私は多くの公立学校教員の過労死等の公務上認定に取り組んできた。
 しかし、給特法の下、公立学校教員の時間外勤務は、勤務時間として評価されず、自主的・自発的勤務と「整理されてきた」状況の下では、勤務時間は適正に把握されることなく、出勤簿に押印のみという学校が多かった。
 公務上認定による補償を受けるためには、遺族らと弁護団の「見えない時間外勤務」を可視化するための多大な努力が求められ、10年以上かけてようやく訴訟で公務上認定されるという状況が続いた。
 その苦闘を経て、ようやく認定されたことに職場の校長も含めた教員から「よかったね」との声がかけられ、マスコミからは「熱血先生」の過労死として取り上げられた。
 しかし、教育現場やマスコミのそのような受けとめ方に、私は同感しつつも違和感が残らざるを得なかった。

 

4 過労死問題に取り組みはじめて私は半世紀近くになるが、過労死についての取り組み(それは過労死運動と私は呼んでいるが)は、労災(公災)認定から最高裁電通判決(2000年)を典型とする企業賠償責任、更には過労死等防止対策推進法の成立につながる、認定→責任→予防の流れをつくりあげてきた。

 

5 しかし、教員については、ラクダが針を通るより難しかった公務上認定に留まり、責任=行政に対する賠償責任追及の手前で、私も含めて足踏みをしたままだった。
 過労死運動の流れで学んだことは、労災(公災)認定で終わってしまっては、実効ある職場の長時間勤務の是正や過労死等の予防につながらないということだ。
 責任の問題を問うことなしには、勤務時間の是正、予防は実効性あるものにならない。
 教員の働き方改革で欠落しているのは責任の問題であると考え、損害賠償請求訴訟による責任の明確化を通じての、日本の高い水準の教育が壊れるか、その教育を支える教員の心身の健康が壊れるか、その二律背反の状況の抜本的な改善を望むことはできない。

 

 何回かに分けて、この問題について考えてみたい。

2023年10月 6日 (金)

滑川市立中学校教員の過労死についての損害賠償判決

1 公立学校教員の過労死等を「美談」に終わらせないために
 公立学校の教員の長時間勤務による過労死等については、地方公務員災害補償基金で公務外とされても、行政訴訟を提訴し、10年以上の長い争訟を経て、ようやく公務上と認定された事案は多数に及んでいる。
 民間では過労死等が業務上と認められれば企業賠償責任訴訟を提訴し、勝訴を重ねるなか、それが企業の過労死等の防止対策の力となり、過労死等防止対策推進法が定められるに至っている。
 これに対し公立学校の教員の過労死等は、公務上認定されることにより生徒の為、教育の為、力を尽くして亡くなった熱血先生の「美談」として語られることで終わってしまっていた。過労死等を生じた責任は問われることなくあいまいにされ、その結果勤務時間の抜本的な是正はされることはなかった。
 給特法の下では、公立学校の教員の時間外勤務は、教材研究であれ、部活動であれ、全く自主的・自発的勤務であり、管理職の措置命令に基づくものであるとの教育現場の「常識」が先生の過労死等を美談に終わらせている。しかし、心身の健康の視点からは、給特法の有無に拘らず、長時間労働等により疲労やストレスが蓄積すると心身の健康を損ねることは当然の法理である。
 そんな思いから、富山県滑川市立中学校女子ソフトテニス部顧問で42才のE先生のくも膜下出血死の公務上認定を得たあと、提訴を躊躇する奥さん宅に何度も足を運び、滑川市と富山県(国賠法3条の費用負担者)を被告とする損害賠償提訴に至った。


2 強豪校のソフトテニス部顧問の長時間勤務と滑川市の主張
 E先生が2016年7月22日発症する前の時間外労働は、ソフトテニスの強豪校として土・日も対外試合が続く連続勤務の下、
   発症前1か月  119:35
   発症前2か月  135:36
   発症前3か月   95:04
と、過労死ラインを大きく超える長時間勤務となっていた。
 被告の滑川市は、時間外勤務は自主的・自発的勤務であり、とりわけ部活動は顧問の自己裁量でなされること(時間外勤務の多くは部活指導時間の事案だった)と主張するとともに、義務教育職員の合計数56万4361人のうち「脳疾患による公務災害の認定率は0.00053%(心疾患を含めても0.00070%)であり、このうち死亡に至った者のみに限れば0.00017%(心疾患を含めても0.00035%)である」との、過労死は統計上極めて稀とさえ主張した。


3 全面勝訴判決とその直後の滑川市の控訴断念
 判決は、「地方公共団体の設置する中学校の校長は、自己の監督する教員が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ心身の健康を損なうことのないよう、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正すべき義務(安全配慮義務)を負う。」としている。時間外勤務の多くを占めていた部活動については、「Eが本件中学校の教員の地位に基づき、その職責を全うするために行われたものであることは明らかであり、時間外勤務時間数が多くなった背景に、Eの教員としての責任感の強さや部活動指導に対する積極的な姿勢があったとしても、全体としてみれば、同部の顧問としての業務が全くの自主的活動の範疇に属するものであったとはいえない。」と断言している。
 そのうえで、E先生の高血圧等の基礎疾病による素因減額をすることなく、原告請求額のほぼ全額である8300万円余りの賠償の支払いを、滑川市と富山県に命じる判決を下した。滑川市は強硬な訴訟対応をしていたにも拘らず、判決言渡しの3時間後には控訴しないことを明言し、富山県もこれにつづき判決は確定した。
 長時間勤務についての安全配慮義務の判例の確定した流れからするなら、コロンブスの卵と言うまでもなく、当然の判決である。


4 公立学校教員の長時間勤務是正の流れをつくる判決
 公立学校の教員の長時間勤務による過労死等の事案として、当職が弁護団の1人として加わった大阪府立高校の西本先生の適応障害についての大阪地裁令和4年6月28日判決、並びに福井地裁令和元年7月10日過労自殺判決(労働判例1216号)があり、大阪では現在東大阪市立中学の教員の適応障害についての損害賠償事件が係属中である。
 公立学校の教員の過労死等についての責任追及訴訟を通じて長時間勤務の抜本的是正の流れにつなげたい。(弁護団は私と福井の海道弁護士)

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2022年11月28日 (月)

長時間勤務による公立高校教員の適応障害発病についての損害賠償請求勝訴判決 ―教員の過労死等を「美談」のみに終わらせないために

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1 公立学校教員の長時間勤務による適応障害の発病につき損害賠償を全額認容した判決
 大阪府立山田高校の社会科の現職教員である西本武史先生(現在34才)は、平成29年7月20日頃に適応障害を発病したことにつき、大阪府に対し230万円の慰謝料等の損害賠償(国家賠償)請求の訴訟を平成31年2月25日大阪地裁に提訴した。西本先生は現職の高校教員ながら、提訴時より自らの氏名等を全て公表してこの事件に臨み、証人尋問や判決時には卒業した多くの教え子が傍聴席を埋めている。
 平成29年度の西本先生の校務分掌は、教科担当(世界史)、クラス担任(1年5組)、部活動顧問(ラグビー部)に加えて、生徒のオーストラリア語学研修等を担当する国際交流委員会の主担当(責任者)等であった。
 国際交流委員会の前任の責任者が他校に異動したため、経験のない校務はその余の校務のみでも過労死ラインを超える長時間の勤務に就いていた、西本先生の大きな負担となった。
 西本先生は、平成29年7月20日頃適応障害(当初の産業医である内科医の診断としては慢性疲労症候群)を発病し、平成31年2月まで通院治療を受け、その間2回に分けて約3ヵ月の病気休業、休職を余儀なくされた。
 客観的な出退勤の記録に基づき判決が認定した発病前6か月間の西本先生の週40時間を超える時間外勤務時間は、
  発病前1か月 112時間44分
      2か月 144時間32分
      3か月 107時間54分
      4か月  95時間28分
      5か月  50時間58分
      6か月  75時間52分
であった。
 厚労省や地公災の定める精神障害の認定基準からも大きく逸脱する長時間勤務であり、電通最高裁判決(平成23年7月12日第3小法廷判決)で判示された、長時間勤務による心身の安全配慮義務の内容からするなら当然の判決である。
 大阪地裁は令和4年6月28日、原告が請求した慰謝料200万円等、230万円余りの損害全額を認容する判決を下し、被告大阪府はこれに控訴せず確定している。なお、併行してなされていた地方公務員災害補償基金大阪府支部長に対する公務災害認定請求についても、結審直前の令和4年2月22日に公務上認定が下されている。

2 給特法の下での公立学校の教員の時間外勤務と安全配慮義務が争点
 この事案で争われたのは、半世紀前に制定された公立学校教員に適用される、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下、「給特法」という)では、校外実習、修学旅行、職員会議、非常災害の業務(超勤4項目)以外の時間外勤務は、教育委員会や校長の指揮命令によるものではなく、自主的・自発的勤務とされてきた点にある。
 教員の時間外勤務の殆どを占めている部活指導、授業準備等はすべて自主的・自発的勤務とされ、それについての時間外勤務手当の請求訴訟は「給特法」により敗訴を重ねてきている。
 西本先生の訴訟は時間外勤務手当請求の事件ではなく、長時間勤務により心身の健康を損なうことについての安全配慮義務(国家賠償法1条の注意義務)を争う訴訟である。

3 多くの過労死等の公務上認定がなされているのに損害賠償請求は稀有であることの異常さ
 公立学校の教員の長時間勤務等による過労死・過労自殺等の地方公務員災害補償基金での認定や、公務上外を争う訴訟での勝訴判決は多く積み重ねられている。
 しかし、公務上と認定されても損害賠償請求される事案は稀有であり、先例の勝訴判決としては後述の福井地裁令和元年7月10日判決(労働判例1216号21頁)があるのみである。
 とりわけ西本先生のように死亡に至らず、精神疾患発病により休職している公立学校の教員が全国で5000人前後(令和2年度公立学校教職員の人事行政状況報告)であるのに、寡聞ながら損害賠償提訴事例は西本先生の事件以外聞いていない。
 民間労働者や一般の地方公務員を問わず、長時間勤務により過労死等が業務上(公務上)認定された事案の殆どについて損害賠償請求がなされているが、公立学校の教員については稀有である。

4 山田高校における勤務時間についての資料の存在
 民間労働者、公務員を問わず長時間勤務による過労死等が生じる最大の要因は、勤務時間の適正把握が懈怠されている点にある。医師が患者の容態を看るのに壊れた体温計で計測しては適正に容態を把握できないのと同様である。
 大阪府は、厚労省の定めた「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置についてのガイドライン」に沿った「要綱」を定め、
・校内勤務についてはOTR(オンラインタイムレコーダー)
・校外勤務については特殊勤務実績簿、旅行命令簿兼積算旅費内訳
により勤務時間数を把握していた。
 かつては公立学校の多くではタイムカード、OTR等の出退勤(在校時間)の客観的記録がなく長時間勤務の立証が困難なことが多かったが、最近ではこれらの記録がなされている学校が多く、在校時間については原・被告間の主張には大きな齟齬はなかった。

5 被告大阪府の、時間外勤務は「自主性・自発性」勤務であり労基法上の労働時間ではないとの主張に対する判示
 被告は、「教育職員の勤務は、本質的には『自主性、自発性、創造性』を有しており、特に公立学校の教育職員については、時間外勤務を命じることができる場合は、『公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令』により規定される『超勤4項目』に限られるところ、原告の時間外勤務は、少なくとも渡邉校長からの時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することはできないから、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのは相当でない」と主張した。
 これに対し判決は、「勤務時間管理者である校長が、教育職員の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)の履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であり、本件時間外勤務時間が、校長による時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することができないことをもって、左右されるものではないというべきである。」と判示した。

6 過重な長時間勤務の就労態様のみならず心身の健康状態の悪化の認識も明らかな事案
 発病前の月100時間を優に超える過重な時間外勤務の就労態様についての校長の認識、あるいは認識可能性によれば、それのみで本件発病の予見可能性が認められ、安全配慮義務違反の責任が認められる事案である。
 判決は更に、西本先生が発病前に校長らに対し発していた自己の心身の健康状態の不調についてのSOSも踏まえたうえ、「原告は、平成29年5月15日に記入し提出した自己申告票に、自らの時間外労働について、『土日の校外での部活動がカウントされていないが、その分、記録上の超過勤務だけでも100時間までに抑え、過労死を避けたい。』旨記載し、同月22日には、渡邉校長に対し、『心身共にボロボロです。』などと記載したメールを送信したほか、上記同年6月1日の目標設定面談においても、『体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。』などと渡邉校長に伝えていたことが認められる。これらの事情によれば、渡邉校長としては、平成29年5月中旬頃から、遅くとも同年6月1日までの間には、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見すべきであったから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。」と判示している。

7 本件と関連する判例
 同種事案の判決として、既述した福井地裁令和元年7月10日判決(若狭町立中学教員の自殺事案)があるが、同判決は給特法の下での時間外勤務につき、
「これらの事務を所定勤務時間外に行うことについて明示的な勤務命令はないが、上記ア記載の業務内容や亡友生の経験年数からすれば、亡友生は、これらの事務を所定勤務時間外に行わざるを得なかったものと認められ、自主的に従事していたとはいえないから、事実上、本件校長の指揮監督下において行っていたものと認めるのが相当である。」としている。
 なお、最高裁平成13年7月12日判決(京都市立小中教員の長時間労働事案・判例タイムズ1357号70頁)は、外部から認識しうる心身の健康被害が生じていない事案につき、長時間労働による精神的損害(慰謝料請求)が争われた事案であるが、予見可能性につき、
「時間外勤務命令に基づくものではなく、被上告人らは強制によらずに各自が職務の性質や状況に応じて自主的に上記事務等に従事していたものというべきであるし、その中には自宅を含め勤務校以外の場所で行っていたものも少なくない。他方、原審は、被上告人らは上記事務等により強度のストレスによる精神的苦痛を被ったことが推認されるというけれども、本件期間中又はその後において、外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が被上告人らに生じていたとの事実は認定されておらず、記録上もうかがうことができない。したがって、仮に原審のいう強度のストレスが健康状態の悪化につながり得るものであったとしても、勤務校の各校長が被上告人らについてそのようなストレスによる健康状態の変化を認識し又は予見することは困難な状況にあったというほかない。」と判示し、安全配慮義務が否定されている。
 過労死等の心身の具体的健康被害や徴候が認められない事案についての判示であり、健康被害が生じている本件とは事例が異なる。

8 過労死等を熱血先生の美談で終わらせないために
 西本先生の判決は、「給特法」の下で勤務する公立学校教員についても、長時間勤務による心身の健康に対する注意義務があることを認めたあたりまえの判決であり、学校現場の非常識を社会の常識で判断している。
 富山地裁では滑川市立中学校教員がくも膜下出血で死亡した事案につき、過労死損害賠償請求事件が係属している。今後、公立学校の教員の過労死等についての損害賠償請求が、他の労働者と同様多く提訴されて然るべきである。今まで提訴が稀であったのは、給特法とともに教員の「聖職」意識も一因であろう。教員の過労死は、生徒のために授業や部活に尽くして亡くなった熱血先生の美談としてのみ語られるべきではない。
 2019(平成31)年1月25日付けで中央教育審議会は「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」を発表し、
「我が国の学校教育の高い成果が、教員勤務実態調査に示されている教師の長時間にわたる献身的な取組の結果によるものであるならば、持続可能であるとは言えない。『ブラック学校』といった印象的な言葉が独り歩きする中で、意欲と能力のある人材が教師を志さなくなり、我が国の学校教育の水準が低下することは子供たちにとっても我が国や社会にとってもあってはならない。」
と述べている。
 教育的取組みから生じる過労死等の法的責任の所在を明らかにすることなくして「ブラック学校」の抜本的な是正につながらない。

9 この判決の教育現場に対する意義
 蛇足ながら、本件判決の教育現場全体の視点から意義付ければ、
⑴ 多数の長時間労働による過労死等の公務上認定事例があるにも拘らず、抜本的な改善がなされていない状況に対し、法的責任を明確にすることにより、教育現場での長時間勤務の是正、予防
⑵ 平成31年1月25日の「働き方改革」についての中教審答申が「学校教育の高い成果が長時間にわたる献身的な取組みの結果ならば持続可能であるとは言えない。」と述べるように、教育の現場におけるSDGsをすすめる
⑶ 教員の適正な勤務時間把握や長時間勤務者の産業医面接等の健康管理体制の徹底
⑷ 多くの精神障害による長期休職者の処遇の見直し
等であり、西本先生が「ちょっぴり」の勇気をもって提訴し、得たこの判決によって、その方向にバタフライエフェクトを生じることを望む。

2022年8月22日 (月)

奈良県職員過労自殺の損害賠償事件についての奈良地裁判決

1 過労死等が生じる原因
過労死・過労自殺が生じる原因について、取り組み始めた当初は、門前に「労基法立入禁止」の表札があるが如き「ブラック企業」にあると考えていた。その後、過労死ラインを超える長時間労働を容認する労使合意による36協定(特別条項)が、大企業を含めて多数存在することを知った。労働者の心身の健康を守る岩盤規制のはずの労基法が、労働時間を液状化し長時間労働を容認すると考えた。
しかし、過労死等を生じさせる最大の原因は、労働時間の適正把握の懈怠にあると確信している。

 

2 県の非現業職員についての勤務時間適正把握の著しい懈怠
奈良県職員であった故西田幹さん(昭和57年4月生)も、県が勤務時間の適正把握義務を懈怠した下での長時間勤務によりうつ病を発病し、平成29年5月21日自殺に至った。
判決は、幹さんがうつ病を発病した平成27年4月上旬前の1か月間の時間外勤務は154時間41分としている。平成27年4月の「出勤簿」をみると、自己申告による「時間外勤務」は30時間であり、かつ4月14日以降は全く申告がない。
一方、出勤簿ではIDカードによる出退勤の打刻時刻が自己申告時間と並んで表示されているが、退勤打刻時間は殆どの勤務日で22時すぎとなっている。
不自然かつ過少な自己申告時間と、IDカードによる客観的な出退勤時刻に著しい齟齬が生じているのに、県は自己申告時間により勤務時間を把握してきた。
私が担当した県庁や市庁に勤務する非現業職員の過労死等の事案は、例外なくこのような適正な勤務時間把握の懈怠から生じている。職員組合等の取り組みが立ち遅れている。

 

3 幹さんの自殺
幹さんは平成27年4月上旬にうつ病を発病した後も、翌平成28年4月に砂防・災害対策課に異動した後も、過労死ライン前後の長時間勤務に就くなか、発病後2年あまりを経て自殺に至っている。

 

4 自殺前の産業医の意見
自殺前には、産業医は、平成28年12月13日付けの幹さんの所属長である砂防・災害対策課課長に対する面談指導等の結果報告書において、幹さんについて、疲労蓄積度は非常に高く(4段階中もっとも高い評価)、自覚症状として強い疲労感とめまいがあり、生活区分は「平常勤務(全く正常生活でよいもの)(7段階中もっとも軽い評価)」、医療区分は「要医療(医師による直接の医療を必要とするもの)(4段階中もっとも重い評価)」とし、「事後措置に関する産業医の意見」については「長時間に及び過重労働が継続し、今後も改善の見通しがなく、疲労が蓄積し、現在抑うつ治療中である。これ以上長時間の時間外労働が生じないように職場における対策と配慮が必要である。」としている。また、同じころ、ストレスチェックに基づく産業医面接の結果についても報告されたが、幹さんの心理的な負担の状況は「高ストレス状態」であり、抑うつ状態のため通院中で現病治療継続が相当であり、就業区分は「通常勤務」であるが、就業上の措置は「就業場所の変更が必要」であり、職場環境の改善については「抑うつ通院中であり、職場におけるメンタルヘルスに関する理解を高めることが必要」との意見が示されている。

 

5 奈良地裁における予見可能性の対象
判決は、この産業医の意見を踏まえて「被告において、平成28年12月13日以降、亡幹の心身の健康が危ぶまれる状態にあることを認識し、亡幹の死亡結果についても予見可能であったといえるから、精神疾患の増悪を防止する措置を十分にとらず、同人を自殺に至らせたことについて、国家賠償法1条1項に基づく責任(心身の健康に関する安全配慮義務違反)及び民法415条に基づく責任(安全配慮義務違反)があるというべきである。」として、県の責任を認めている。

 

6 長時間労働による過労自殺の予見可能性の対象
長時間労働が認められる事案についての予見可能性の対象は、2000年の最高裁電通過労自殺判決、並びに同判決についての八木調査官の判例解説、並びにそれを踏まえた下級審の判例集積により、心身の健康を損ねるおそれのある長時間労働等の就労態様の認識(可能性)で足りるとの判断が定着している。
奈良地裁判決は「亡幹の心身の健康が危ぶまれる状態にあることを認識し、亡幹の死亡結果についても予見可能であったといえる」としており、心身の健康悪化、更には自殺についての予見可能性を求める判示となっている。
本件事案では、自殺前においてそのような予見可能性を認められるが、判例の流れを考えると、平成27年4月上旬において月150時間の時間外勤務という長時間勤務の就労態様を認識した時点において自殺の予見可能性を認めてもしかるべき事案であったと考える。

 

7 県の控訴なく確定
県は幹さんの性格等に脆弱性があるとして損害減額の主張をしていたが、判決はこれを認めず、原告である両親に合計約6810万円の賠償を命じた。
県は、遺族に謝罪することなしに控訴を断念している。

2022年1月 4日 (火)

パナソニックの和解合意と、労基署の持ち帰り残業時間否定の不当性

1 パナソニック社員の過労自殺

被災者のA氏は、パナソニックの半導体関連事業の社内分社であるインダストリアルソリューションズ社(IS社)の富山工場(砺波市所在)で、2019年4月より製造部係長から異動し技術部課長代理として勤務していた。
製造部から技術部への異動と、課長代理に昇格し、業務内容・業務量が大きく変化するとともに、基幹職の資格を得るための昇格試験のため、部長や工場長の研修指導を受ける負担も加わっていた。
勤務していた富山工場では、原則20時までには退社することが定められていたが、A氏は社内でやり残した業務は持ち出しが許可されていた携帯パソコンを自宅に持ち帰り作業を行っていた。妻は毎日のように、日によっては早朝まで自宅でパソコンに向かって作業をする被災者の心身の健康を気遣いながら見守っていたが、A氏は2019年10月29日、自宅で過労自殺するに至っている。

 

2 砺波労基署は持ち帰り残業を労働時間として評価しなかった

砺波労基署に労災申請したが、社内のサーバーへのログイン・アウト並びにセキュリティシステムで判明する作業内容から、この持ち帰り残業を労働時間と評価して、社内の労働時間も含めて月100時間以上の時間外労働があるとして、業務上との判断が出ると考えていた。
しかし、同労基署は、仕事量・仕事内容の大きな変化等による心理的負荷は強として業務上と判断したものの、持ち帰り残業については労基法上の労働時間に該当しないとして一切認めなかった。
過労死等の労災認定にあたり、判例は労基法上の労働時間に限定することなく広く認めているものが多い。
しかし、厚労省は過労死等の労災認定にあたっての労働時間は労基法上の労働時間と同義であるとしている。

 

3 労基署が労働時間性を否定した理由

砺波労基署はこの厚労省の考え方を更に限定して、「A氏が使用していたパソコンの操作のログからは、社外に居た時間に昇格試験のための資料作成、会議のための資料作成等の作業を行っていたと思われるファイルへのアクセス記録が認められたが、それが客観的に見て、事業場側の都合によりやむを得ず仕事を持ち帰らなければならない状況が認められない限り、事業場に対する賃金の支払い義務、刑事上の罰則適用が生じうる労基法上の労働時間とまでは言い難い。よって、A氏が自宅で行った作業の時間は労働時間に該当しないと思料する。」とした。

 

4 持ち帰り残業の責任を認めさせたパナソニックとの合意成立

A氏の妻は、労災認定されたものの、日々自宅で深夜に至るまで黙々とパソコン作業をしていた夫の労苦をないがしろにするこのような労基署の認定には納得がいかなかった。
パナソニックとの損害賠償にあたっては、持ち帰り残業を含む長時間労働に対する責任なしには訴訟提訴すると心を決めていた。A氏の遺書の最後の「パナソニックは許さない。マスコミに伝えて」の一言が重かった。
交渉のなかで、パナソニックは、持ち帰り残業を含め労働時間の適正な把握を行う等の改善策を遺族に提示し、IS社の社長らが出席した場での謝罪を行った。そのうえで労基署の判断より一歩進め、「被災者の従事する過大な仕事内容・仕事量、並びに持ち帰り残業を含む長時間労働を是正し、心身の健康を損ねることのないよう注意すべき安全配慮義務があるのにこれを懈怠した結果、被災者がうつ病を発病し本件自殺に至ったことを認め」、持ち帰り残業を含めた責任を認め、解決金を支払う合意が2021年12月6日に成立するに至った。
持ち帰りを含め過労死等の労働時間の認定について、テレワークが一般化しているにも拘らず、厚労省の過労死等の労災認定での労働時間の認定は、企業の認識からも逸脱したものとなっていることの是正が求められる。

 

2019年6月18日 (火)

過労運転事故で亡くなった大学院生の無給医

この過労運転事故が生じた要因は、病院での連日の7時頃から22時、更には徹夜に及ぶ長時間勤務がある。
この勤務は、院生の「演習」として無給であったことは先に述べた。
Mさんの勤務を更に過酷なものにしていたのは、無給医であるがため、学費や生活費を得るため、関連病院でのアルバイトをしていたことだ。休日のない連続勤務がここから生じている。
Mさんが無給医であることについて、医局の医局長は勿論、他の勤務医、そして院生自らも、当時疑問を感じていなかった。
うかつにも、この事件を代理人として担当した私も、Mさんの常軌を逸した長時間勤務(といっても、勤務医の現場では珍しいことではなく、私が担当する他の勤務医、研修医等の過労死・過労自殺事件でも同様の長時間労働が認められる)に目が向いてしまい、その長時間労働が、無給医であるため休日もなく、関連病院のアルバイトをしなければならないことから生じていたことまで掘り下げることができなかった。
NHKの報道もあって、院生らの無給医問題が注目されている。
Mさんの事件も本年6月14日のNHKの「ニュースウォッチ9」でとりあげられている。
(https://www.nhk.or.jp/nw9/digest/2019/06/0614.html)
院生の医師らからすると、患者の命を守り、守るためのスキルを研鑚する「崇高な使命感」が無給であることの問題が、表面化しなかった要因と言えよう。
病院にとっては、医局の徒弟制度のような古き残滓の意識の下、無給医に依存する制度を温存してきたと言えよう。
病院での診療行為は、病院の指揮命令の下になされているのは当然であり、大学と院生との「在学契約」と言ったとしても、実態は雇用契約に他ならないのは労働法の常識である。
無給医は、無給であるがために長時間勤務と直結する。
勤務医についても、労働者と言われると違和感を覚えるとの見解もある。
医療界にあってより労働者性があいまいにされ、労働者としての権利が認められない立場にある。
厚生行政、労働行政のいずれの立場からも、全国で何千人にも及ぶ無給医の解消のため即時に取り組むことを求めたい。
医療の労働現場全体をみても、長時間勤務により勤務医の心身の健康が壊れるか、長時間勤務を是正すれば医療、とりわけ地域医療が壊れるかの二律背反が生じていることは、私もかねてから述べてきた。
無給医問題は、社会の常識から逸脱した医療現場の最大の歪みと言っても過言でない。

2019年1月17日 (木)

重層下請の工事現場でのシニアの過労自殺についての損害賠償請求の提訴

日立製作所が受注した大手薬品会社の工場のプラント建設工事で、配管工事の現場監督として業務を行っていた66才のAさんは、平成29年9月に過労自殺した。
この事件については、私が代理人の1人として、東京の王子労基署長に労災申請し、平成30年6月に労災認定が認められた。
労基署長が認めた、Aさんが平成29年8月下旬に気分障害を発病する前の時間外労働は、
 発病前1ヵ月目  138:50
 発病前2ヵ月目  100:10
となっている。
自殺直前は連日のように深夜時間帯に及ぶ30日間の連続勤務となっていた。
この長時間労働は、平成29年7月以降4ヵ月の工程を2ヵ月でやるよう指示されたために生じている。
Aさんは、プラント建設工事の二次下請であるS設備から業務委託を受ける個人事業主という形をとることにより、労基法を潜脱する雇用形態の下で勤務していた。しかし、実際はS設備の指示の下、プラント建設工事現場で業務を行っており、偽装委託の請負であった。
工事現場では、実際にはS設備から派遣された労働者として、元請の日立製作所や一次下請の会社の指示の下で長時間労働の業務に従事していたと考えられる。即ち、実際は派遣であるにも拘らず、二次下請のS設備の作業員として従事する形式がとられており、そうであれば偽装派遣との謗りを免れない。
このような勤務形態の結果、Aさんの労働時間を管理・是正する体制が欠落し、Aさんは常軌を逸した長時間労働に従事し、「もう、つかれた」の一言の遺書を残して、平成29年9月5日、単身赴任先のアパートで自殺に至っている。
「一億総活躍社会」のかけ声と労働者不足の下、シニアの労働現場への進出は増加しているが、年令による心身の機能低下は免れない。
弁護団は平成31年1月10日、大阪地裁に元請の日立製作所、一次下請の2社と二次下請のS設備を被告として、5500万円の損害賠償請求の訴えを提訴した。
この訴訟を通じて、二次下請のS設備のみならず、元請、一次下請の責任を明らかにするとともに、建設現場をはじめ、シニアの労働現場のあり方の改善を求めていきたい。
(弁護団は松丸正と大久保貴則)

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2016年4月 1日 (金)

陸上自衛隊員の長時間勤務と過重な訓練による過労死事件の和解成立

過労死・過労自殺は、心身の健康を損ねる労働時間管理や業務管理について配慮が怠られている現場であれば、その職種を問わず生じている。自衛隊員についても例外ではない。

私は、陸上・海上・航空の各自衛隊員の過労死・過労自殺事件を担当している。

本年3月、広島地裁で係属中であった、中高年令者の陸上自衛隊員が、長時間勤務と早朝の寒冷下での持久走訓練が行われるなか、持久走訓練でゴールした直後に心筋梗塞を発症した事件についての国家賠償請求事件で和解が成立し、国がご遺族の妻に対し賠償金を支払うことで解決した。
この隊員には狭心症の既往があったにも拘らず、健康状態について配慮することなく、他の隊員と同様、過重な勤務に就くなか亡くなっている。
平成19年3月に亡くなった後、ご遺族の奥さんは、隊員としての過重な公務によるものと考え、陸上自衛隊中部地方総監に対して公務上の判定を求めたが、公務外と判定され、更に防衛大臣に異議申し立てをし、ようやく公務上との判定が下っている。

自衛隊員のパワハラ・いじめによる自殺事件が問題となっているが、隊員の年令や健康状態に配慮した勤務時間や訓練内容の検討が求められることを、この事件を担当するなかで感じた。

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