2022年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

企業賠償責任

2022年11月28日 (月)

長時間勤務による公立高校教員の適応障害発病についての損害賠償請求勝訴判決 ―教員の過労死等を「美談」のみに終わらせないために

20221128

1 公立学校教員の長時間勤務による適応障害の発病につき損害賠償を全額認容した判決
 大阪府立山田高校の社会科の現職教員である西本武史先生(現在34才)は、平成29年7月20日頃に適応障害を発病したことにつき、大阪府に対し230万円の慰謝料等の損害賠償(国家賠償)請求の訴訟を平成31年2月25日大阪地裁に提訴した。西本先生は現職の高校教員ながら、提訴時より自らの氏名等を全て公表してこの事件に臨み、証人尋問や判決時には卒業した多くの教え子が傍聴席を埋めている。
 平成29年度の西本先生の校務分掌は、教科担当(世界史)、クラス担任(1年5組)、部活動顧問(ラグビー部)に加えて、生徒のオーストラリア語学研修等を担当する国際交流委員会の主担当(責任者)等であった。
 国際交流委員会の前任の責任者が他校に異動したため、経験のない校務はその余の校務のみでも過労死ラインを超える長時間の勤務に就いていた、西本先生の大きな負担となった。
 西本先生は、平成29年7月20日頃適応障害(当初の産業医である内科医の診断としては慢性疲労症候群)を発病し、平成31年2月まで通院治療を受け、その間2回に分けて約3ヵ月の病気休業、休職を余儀なくされた。
 客観的な出退勤の記録に基づき判決が認定した発病前6か月間の西本先生の週40時間を超える時間外勤務時間は、
  発病前1か月 112時間44分
      2か月 144時間32分
      3か月 107時間54分
      4か月  95時間28分
      5か月  50時間58分
      6か月  75時間52分
であった。
 厚労省や地公災の定める精神障害の認定基準からも大きく逸脱する長時間勤務であり、電通最高裁判決(平成23年7月12日第3小法廷判決)で判示された、長時間勤務による心身の安全配慮義務の内容からするなら当然の判決である。
 大阪地裁は令和4年6月28日、原告が請求した慰謝料200万円等、230万円余りの損害全額を認容する判決を下し、被告大阪府はこれに控訴せず確定している。なお、併行してなされていた地方公務員災害補償基金大阪府支部長に対する公務災害認定請求についても、結審直前の令和4年2月22日に公務上認定が下されている。

2 給特法の下での公立学校の教員の時間外勤務と安全配慮義務が争点
 この事案で争われたのは、半世紀前に制定された公立学校教員に適用される、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下、「給特法」という)では、校外実習、修学旅行、職員会議、非常災害の業務(超勤4項目)以外の時間外勤務は、教育委員会や校長の指揮命令によるものではなく、自主的・自発的勤務とされてきた点にある。
 教員の時間外勤務の殆どを占めている部活指導、授業準備等はすべて自主的・自発的勤務とされ、それについての時間外勤務手当の請求訴訟は「給特法」により敗訴を重ねてきている。
 西本先生の訴訟は時間外勤務手当請求の事件ではなく、長時間勤務により心身の健康を損なうことについての安全配慮義務(国家賠償法1条の注意義務)を争う訴訟である。

3 多くの過労死等の公務上認定がなされているのに損害賠償請求は稀有であることの異常さ
 公立学校の教員の長時間勤務等による過労死・過労自殺等の地方公務員災害補償基金での認定や、公務上外を争う訴訟での勝訴判決は多く積み重ねられている。
 しかし、公務上と認定されても損害賠償請求される事案は稀有であり、先例の勝訴判決としては後述の福井地裁令和元年7月10日判決(労働判例1216号21頁)があるのみである。
 とりわけ西本先生のように死亡に至らず、精神疾患発病により休職している公立学校の教員が全国で5000人前後(令和2年度公立学校教職員の人事行政状況報告)であるのに、寡聞ながら損害賠償提訴事例は西本先生の事件以外聞いていない。
 民間労働者や一般の地方公務員を問わず、長時間勤務により過労死等が業務上(公務上)認定された事案の殆どについて損害賠償請求がなされているが、公立学校の教員については稀有である。

4 山田高校における勤務時間についての資料の存在
 民間労働者、公務員を問わず長時間勤務による過労死等が生じる最大の要因は、勤務時間の適正把握が懈怠されている点にある。医師が患者の容態を看るのに壊れた体温計で計測しては適正に容態を把握できないのと同様である。
 大阪府は、厚労省の定めた「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置についてのガイドライン」に沿った「要綱」を定め、
・校内勤務についてはOTR(オンラインタイムレコーダー)
・校外勤務については特殊勤務実績簿、旅行命令簿兼積算旅費内訳
により勤務時間数を把握していた。
 かつては公立学校の多くではタイムカード、OTR等の出退勤(在校時間)の客観的記録がなく長時間勤務の立証が困難なことが多かったが、最近ではこれらの記録がなされている学校が多く、在校時間については原・被告間の主張には大きな齟齬はなかった。

5 被告大阪府の、時間外勤務は「自主性・自発性」勤務であり労基法上の労働時間ではないとの主張に対する判示
 被告は、「教育職員の勤務は、本質的には『自主性、自発性、創造性』を有しており、特に公立学校の教育職員については、時間外勤務を命じることができる場合は、『公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令』により規定される『超勤4項目』に限られるところ、原告の時間外勤務は、少なくとも渡邉校長からの時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することはできないから、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのは相当でない」と主張した。
 これに対し判決は、「勤務時間管理者である校長が、教育職員の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)の履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であり、本件時間外勤務時間が、校長による時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することができないことをもって、左右されるものではないというべきである。」と判示した。

6 過重な長時間勤務の就労態様のみならず心身の健康状態の悪化の認識も明らかな事案
 発病前の月100時間を優に超える過重な時間外勤務の就労態様についての校長の認識、あるいは認識可能性によれば、それのみで本件発病の予見可能性が認められ、安全配慮義務違反の責任が認められる事案である。
 判決は更に、西本先生が発病前に校長らに対し発していた自己の心身の健康状態の不調についてのSOSも踏まえたうえ、「原告は、平成29年5月15日に記入し提出した自己申告票に、自らの時間外労働について、『土日の校外での部活動がカウントされていないが、その分、記録上の超過勤務だけでも100時間までに抑え、過労死を避けたい。』旨記載し、同月22日には、渡邉校長に対し、『心身共にボロボロです。』などと記載したメールを送信したほか、上記同年6月1日の目標設定面談においても、『体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。』などと渡邉校長に伝えていたことが認められる。これらの事情によれば、渡邉校長としては、平成29年5月中旬頃から、遅くとも同年6月1日までの間には、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見すべきであったから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。」と判示している。

7 本件と関連する判例
 同種事案の判決として、既述した福井地裁令和元年7月10日判決(若狭町立中学教員の自殺事案)があるが、同判決は給特法の下での時間外勤務につき、
「これらの事務を所定勤務時間外に行うことについて明示的な勤務命令はないが、上記ア記載の業務内容や亡友生の経験年数からすれば、亡友生は、これらの事務を所定勤務時間外に行わざるを得なかったものと認められ、自主的に従事していたとはいえないから、事実上、本件校長の指揮監督下において行っていたものと認めるのが相当である。」としている。
 なお、最高裁平成13年7月12日判決(京都市立小中教員の長時間労働事案・判例タイムズ1357号70頁)は、外部から認識しうる心身の健康被害が生じていない事案につき、長時間労働による精神的損害(慰謝料請求)が争われた事案であるが、予見可能性につき、
「時間外勤務命令に基づくものではなく、被上告人らは強制によらずに各自が職務の性質や状況に応じて自主的に上記事務等に従事していたものというべきであるし、その中には自宅を含め勤務校以外の場所で行っていたものも少なくない。他方、原審は、被上告人らは上記事務等により強度のストレスによる精神的苦痛を被ったことが推認されるというけれども、本件期間中又はその後において、外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が被上告人らに生じていたとの事実は認定されておらず、記録上もうかがうことができない。したがって、仮に原審のいう強度のストレスが健康状態の悪化につながり得るものであったとしても、勤務校の各校長が被上告人らについてそのようなストレスによる健康状態の変化を認識し又は予見することは困難な状況にあったというほかない。」と判示し、安全配慮義務が否定されている。
 過労死等の心身の具体的健康被害や徴候が認められない事案についての判示であり、健康被害が生じている本件とは事例が異なる。

8 過労死等を熱血先生の美談で終わらせないために
 西本先生の判決は、「給特法」の下で勤務する公立学校教員についても、長時間勤務による心身の健康に対する注意義務があることを認めたあたりまえの判決であり、学校現場の非常識を社会の常識で判断している。
 富山地裁では滑川市立中学校教員がくも膜下出血で死亡した事案につき、過労死損害賠償請求事件が係属している。今後、公立学校の教員の過労死等についての損害賠償請求が、他の労働者と同様多く提訴されて然るべきである。今まで提訴が稀であったのは、給特法とともに教員の「聖職」意識も一因であろう。教員の過労死は、生徒のために授業や部活に尽くして亡くなった熱血先生の美談としてのみ語られるべきではない。
 2019(平成31)年1月25日付けで中央教育審議会は「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」を発表し、
「我が国の学校教育の高い成果が、教員勤務実態調査に示されている教師の長時間にわたる献身的な取組の結果によるものであるならば、持続可能であるとは言えない。『ブラック学校』といった印象的な言葉が独り歩きする中で、意欲と能力のある人材が教師を志さなくなり、我が国の学校教育の水準が低下することは子供たちにとっても我が国や社会にとってもあってはならない。」
と述べている。
 教育的取組みから生じる過労死等の法的責任の所在を明らかにすることなくして「ブラック学校」の抜本的な是正につながらない。

9 この判決の教育現場に対する意義
 蛇足ながら、本件判決の教育現場全体の視点から意義付ければ、
⑴ 多数の長時間労働による過労死等の公務上認定事例があるにも拘らず、抜本的な改善がなされていない状況に対し、法的責任を明確にすることにより、教育現場での長時間勤務の是正、予防
⑵ 平成31年1月25日の「働き方改革」についての中教審答申が「学校教育の高い成果が長時間にわたる献身的な取組みの結果ならば持続可能であるとは言えない。」と述べるように、教育の現場におけるSDGsをすすめる
⑶ 教員の適正な勤務時間把握や長時間勤務者の産業医面接等の健康管理体制の徹底
⑷ 多くの精神障害による長期休職者の処遇の見直し
等であり、西本先生が「ちょっぴり」の勇気をもって提訴し、得たこの判決によって、その方向にバタフライエフェクトを生じることを望む。

2022年8月22日 (月)

奈良県職員過労自殺の損害賠償事件についての奈良地裁判決

1 過労死等が生じる原因
過労死・過労自殺が生じる原因について、取り組み始めた当初は、門前に「労基法立入禁止」の表札があるが如き「ブラック企業」にあると考えていた。その後、過労死ラインを超える長時間労働を容認する労使合意による36協定(特別条項)が、大企業を含めて多数存在することを知った。労働者の心身の健康を守る岩盤規制のはずの労基法が、労働時間を液状化し長時間労働を容認すると考えた。
しかし、過労死等を生じさせる最大の原因は、労働時間の適正把握の懈怠にあると確信している。

 

2 県の非現業職員についての勤務時間適正把握の著しい懈怠
奈良県職員であった故西田幹さん(昭和57年4月生)も、県が勤務時間の適正把握義務を懈怠した下での長時間勤務によりうつ病を発病し、平成29年5月21日自殺に至った。
判決は、幹さんがうつ病を発病した平成27年4月上旬前の1か月間の時間外勤務は154時間41分としている。平成27年4月の「出勤簿」をみると、自己申告による「時間外勤務」は30時間であり、かつ4月14日以降は全く申告がない。
一方、出勤簿ではIDカードによる出退勤の打刻時刻が自己申告時間と並んで表示されているが、退勤打刻時間は殆どの勤務日で22時すぎとなっている。
不自然かつ過少な自己申告時間と、IDカードによる客観的な出退勤時刻に著しい齟齬が生じているのに、県は自己申告時間により勤務時間を把握してきた。
私が担当した県庁や市庁に勤務する非現業職員の過労死等の事案は、例外なくこのような適正な勤務時間把握の懈怠から生じている。職員組合等の取り組みが立ち遅れている。

 

3 幹さんの自殺
幹さんは平成27年4月上旬にうつ病を発病した後も、翌平成28年4月に砂防・災害対策課に異動した後も、過労死ライン前後の長時間勤務に就くなか、発病後2年あまりを経て自殺に至っている。

 

4 自殺前の産業医の意見
自殺前には、産業医は、平成28年12月13日付けの幹さんの所属長である砂防・災害対策課課長に対する面談指導等の結果報告書において、幹さんについて、疲労蓄積度は非常に高く(4段階中もっとも高い評価)、自覚症状として強い疲労感とめまいがあり、生活区分は「平常勤務(全く正常生活でよいもの)(7段階中もっとも軽い評価)」、医療区分は「要医療(医師による直接の医療を必要とするもの)(4段階中もっとも重い評価)」とし、「事後措置に関する産業医の意見」については「長時間に及び過重労働が継続し、今後も改善の見通しがなく、疲労が蓄積し、現在抑うつ治療中である。これ以上長時間の時間外労働が生じないように職場における対策と配慮が必要である。」としている。また、同じころ、ストレスチェックに基づく産業医面接の結果についても報告されたが、幹さんの心理的な負担の状況は「高ストレス状態」であり、抑うつ状態のため通院中で現病治療継続が相当であり、就業区分は「通常勤務」であるが、就業上の措置は「就業場所の変更が必要」であり、職場環境の改善については「抑うつ通院中であり、職場におけるメンタルヘルスに関する理解を高めることが必要」との意見が示されている。

 

5 奈良地裁における予見可能性の対象
判決は、この産業医の意見を踏まえて「被告において、平成28年12月13日以降、亡幹の心身の健康が危ぶまれる状態にあることを認識し、亡幹の死亡結果についても予見可能であったといえるから、精神疾患の増悪を防止する措置を十分にとらず、同人を自殺に至らせたことについて、国家賠償法1条1項に基づく責任(心身の健康に関する安全配慮義務違反)及び民法415条に基づく責任(安全配慮義務違反)があるというべきである。」として、県の責任を認めている。

 

6 長時間労働による過労自殺の予見可能性の対象
長時間労働が認められる事案についての予見可能性の対象は、2000年の最高裁電通過労自殺判決、並びに同判決についての八木調査官の判例解説、並びにそれを踏まえた下級審の判例集積により、心身の健康を損ねるおそれのある長時間労働等の就労態様の認識(可能性)で足りるとの判断が定着している。
奈良地裁判決は「亡幹の心身の健康が危ぶまれる状態にあることを認識し、亡幹の死亡結果についても予見可能であったといえる」としており、心身の健康悪化、更には自殺についての予見可能性を求める判示となっている。
本件事案では、自殺前においてそのような予見可能性を認められるが、判例の流れを考えると、平成27年4月上旬において月150時間の時間外勤務という長時間勤務の就労態様を認識した時点において自殺の予見可能性を認めてもしかるべき事案であったと考える。

 

7 県の控訴なく確定
県は幹さんの性格等に脆弱性があるとして損害減額の主張をしていたが、判決はこれを認めず、原告である両親に合計約6810万円の賠償を命じた。
県は、遺族に謝罪することなしに控訴を断念している。

2022年1月 4日 (火)

パナソニックの和解合意と、労基署の持ち帰り残業時間否定の不当性

1 パナソニック社員の過労自殺

被災者のA氏は、パナソニックの半導体関連事業の社内分社であるインダストリアルソリューションズ社(IS社)の富山工場(砺波市所在)で、2019年4月より製造部係長から異動し技術部課長代理として勤務していた。
製造部から技術部への異動と、課長代理に昇格し、業務内容・業務量が大きく変化するとともに、基幹職の資格を得るための昇格試験のため、部長や工場長の研修指導を受ける負担も加わっていた。
勤務していた富山工場では、原則20時までには退社することが定められていたが、A氏は社内でやり残した業務は持ち出しが許可されていた携帯パソコンを自宅に持ち帰り作業を行っていた。妻は毎日のように、日によっては早朝まで自宅でパソコンに向かって作業をする被災者の心身の健康を気遣いながら見守っていたが、A氏は2019年10月29日、自宅で過労自殺するに至っている。

 

2 砺波労基署は持ち帰り残業を労働時間として評価しなかった

砺波労基署に労災申請したが、社内のサーバーへのログイン・アウト並びにセキュリティシステムで判明する作業内容から、この持ち帰り残業を労働時間と評価して、社内の労働時間も含めて月100時間以上の時間外労働があるとして、業務上との判断が出ると考えていた。
しかし、同労基署は、仕事量・仕事内容の大きな変化等による心理的負荷は強として業務上と判断したものの、持ち帰り残業については労基法上の労働時間に該当しないとして一切認めなかった。
過労死等の労災認定にあたり、判例は労基法上の労働時間に限定することなく広く認めているものが多い。
しかし、厚労省は過労死等の労災認定にあたっての労働時間は労基法上の労働時間と同義であるとしている。

 

3 労基署が労働時間性を否定した理由

砺波労基署はこの厚労省の考え方を更に限定して、「A氏が使用していたパソコンの操作のログからは、社外に居た時間に昇格試験のための資料作成、会議のための資料作成等の作業を行っていたと思われるファイルへのアクセス記録が認められたが、それが客観的に見て、事業場側の都合によりやむを得ず仕事を持ち帰らなければならない状況が認められない限り、事業場に対する賃金の支払い義務、刑事上の罰則適用が生じうる労基法上の労働時間とまでは言い難い。よって、A氏が自宅で行った作業の時間は労働時間に該当しないと思料する。」とした。

 

4 持ち帰り残業の責任を認めさせたパナソニックとの合意成立

A氏の妻は、労災認定されたものの、日々自宅で深夜に至るまで黙々とパソコン作業をしていた夫の労苦をないがしろにするこのような労基署の認定には納得がいかなかった。
パナソニックとの損害賠償にあたっては、持ち帰り残業を含む長時間労働に対する責任なしには訴訟提訴すると心を決めていた。A氏の遺書の最後の「パナソニックは許さない。マスコミに伝えて」の一言が重かった。
交渉のなかで、パナソニックは、持ち帰り残業を含め労働時間の適正な把握を行う等の改善策を遺族に提示し、IS社の社長らが出席した場での謝罪を行った。そのうえで労基署の判断より一歩進め、「被災者の従事する過大な仕事内容・仕事量、並びに持ち帰り残業を含む長時間労働を是正し、心身の健康を損ねることのないよう注意すべき安全配慮義務があるのにこれを懈怠した結果、被災者がうつ病を発病し本件自殺に至ったことを認め」、持ち帰り残業を含めた責任を認め、解決金を支払う合意が2021年12月6日に成立するに至った。
持ち帰りを含め過労死等の労働時間の認定について、テレワークが一般化しているにも拘らず、厚労省の過労死等の労災認定での労働時間の認定は、企業の認識からも逸脱したものとなっていることの是正が求められる。

 

2019年6月18日 (火)

過労運転事故で亡くなった大学院生の無給医

この過労運転事故が生じた要因は、病院での連日の7時頃から22時、更には徹夜に及ぶ長時間勤務がある。
この勤務は、院生の「演習」として無給であったことは先に述べた。
Mさんの勤務を更に過酷なものにしていたのは、無給医であるがため、学費や生活費を得るため、関連病院でのアルバイトをしていたことだ。休日のない連続勤務がここから生じている。
Mさんが無給医であることについて、医局の医局長は勿論、他の勤務医、そして院生自らも、当時疑問を感じていなかった。
うかつにも、この事件を代理人として担当した私も、Mさんの常軌を逸した長時間勤務(といっても、勤務医の現場では珍しいことではなく、私が担当する他の勤務医、研修医等の過労死・過労自殺事件でも同様の長時間労働が認められる)に目が向いてしまい、その長時間労働が、無給医であるため休日もなく、関連病院のアルバイトをしなければならないことから生じていたことまで掘り下げることができなかった。
NHKの報道もあって、院生らの無給医問題が注目されている。
Mさんの事件も本年6月14日のNHKの「ニュースウォッチ9」でとりあげられている。
(https://www.nhk.or.jp/nw9/digest/2019/06/0614.html)
院生の医師らからすると、患者の命を守り、守るためのスキルを研鑚する「崇高な使命感」が無給であることの問題が、表面化しなかった要因と言えよう。
病院にとっては、医局の徒弟制度のような古き残滓の意識の下、無給医に依存する制度を温存してきたと言えよう。
病院での診療行為は、病院の指揮命令の下になされているのは当然であり、大学と院生との「在学契約」と言ったとしても、実態は雇用契約に他ならないのは労働法の常識である。
無給医は、無給であるがために長時間勤務と直結する。
勤務医についても、労働者と言われると違和感を覚えるとの見解もある。
医療界にあってより労働者性があいまいにされ、労働者としての権利が認められない立場にある。
厚生行政、労働行政のいずれの立場からも、全国で何千人にも及ぶ無給医の解消のため即時に取り組むことを求めたい。
医療の労働現場全体をみても、長時間勤務により勤務医の心身の健康が壊れるか、長時間勤務を是正すれば医療、とりわけ地域医療が壊れるかの二律背反が生じていることは、私もかねてから述べてきた。
無給医問題は、社会の常識から逸脱した医療現場の最大の歪みと言っても過言でない。

2019年1月17日 (木)

重層下請の工事現場でのシニアの過労自殺についての損害賠償請求の提訴

日立製作所が受注した大手薬品会社の工場のプラント建設工事で、配管工事の現場監督として業務を行っていた66才のAさんは、平成29年9月に過労自殺した。
この事件については、私が代理人の1人として、東京の王子労基署長に労災申請し、平成30年6月に労災認定が認められた。
労基署長が認めた、Aさんが平成29年8月下旬に気分障害を発病する前の時間外労働は、
 発病前1ヵ月目  138:50
 発病前2ヵ月目  100:10
となっている。
自殺直前は連日のように深夜時間帯に及ぶ30日間の連続勤務となっていた。
この長時間労働は、平成29年7月以降4ヵ月の工程を2ヵ月でやるよう指示されたために生じている。
Aさんは、プラント建設工事の二次下請であるS設備から業務委託を受ける個人事業主という形をとることにより、労基法を潜脱する雇用形態の下で勤務していた。しかし、実際はS設備の指示の下、プラント建設工事現場で業務を行っており、偽装委託の請負であった。
工事現場では、実際にはS設備から派遣された労働者として、元請の日立製作所や一次下請の会社の指示の下で長時間労働の業務に従事していたと考えられる。即ち、実際は派遣であるにも拘らず、二次下請のS設備の作業員として従事する形式がとられており、そうであれば偽装派遣との謗りを免れない。
このような勤務形態の結果、Aさんの労働時間を管理・是正する体制が欠落し、Aさんは常軌を逸した長時間労働に従事し、「もう、つかれた」の一言の遺書を残して、平成29年9月5日、単身赴任先のアパートで自殺に至っている。
「一億総活躍社会」のかけ声と労働者不足の下、シニアの労働現場への進出は増加しているが、年令による心身の機能低下は免れない。
弁護団は平成31年1月10日、大阪地裁に元請の日立製作所、一次下請の2社と二次下請のS設備を被告として、5500万円の損害賠償請求の訴えを提訴した。
この訴訟を通じて、二次下請のS設備のみならず、元請、一次下請の責任を明らかにするとともに、建設現場をはじめ、シニアの労働現場のあり方の改善を求めていきたい。
(弁護団は松丸正と大久保貴則)

Photo_2

2016年4月 1日 (金)

陸上自衛隊員の長時間勤務と過重な訓練による過労死事件の和解成立

過労死・過労自殺は、心身の健康を損ねる労働時間管理や業務管理について配慮が怠られている現場であれば、その職種を問わず生じている。自衛隊員についても例外ではない。

私は、陸上・海上・航空の各自衛隊員の過労死・過労自殺事件を担当している。

本年3月、広島地裁で係属中であった、中高年令者の陸上自衛隊員が、長時間勤務と早朝の寒冷下での持久走訓練が行われるなか、持久走訓練でゴールした直後に心筋梗塞を発症した事件についての国家賠償請求事件で和解が成立し、国がご遺族の妻に対し賠償金を支払うことで解決した。
この隊員には狭心症の既往があったにも拘らず、健康状態について配慮することなく、他の隊員と同様、過重な勤務に就くなか亡くなっている。
平成19年3月に亡くなった後、ご遺族の奥さんは、隊員としての過重な公務によるものと考え、陸上自衛隊中部地方総監に対して公務上の判定を求めたが、公務外と判定され、更に防衛大臣に異議申し立てをし、ようやく公務上との判定が下っている。

自衛隊員のパワハラ・いじめによる自殺事件が問題となっているが、隊員の年令や健康状態に配慮した勤務時間や訓練内容の検討が求められることを、この事件を担当するなかで感じた。

Photo_2

2016年3月15日 (火)

過労自殺した松山市新入職員の件についての和解成立と、遺族である「お父様へのお便り」のメール

平成23年4月に大学新卒で松山市職員として採用され納税課に配属されたJさん(当時22才)は、入職半年後の9月5日に自殺した。

入職して納税課で担当した滞納案件は450件~500件だったが、7月には先輩職員と同様1300件~1400件と3倍に増加した。その結果Jさんの8月の時間外勤務は100時間を超え、うつ病を発病し自殺に至っている。

ご両親は松山地裁に松山市を被告として損害賠償訴訟を提訴し、本年1月20日松山市の責任を認める和解が成立した。

和解後、Jさんのお父様はNHKの取材を受けたが、和解が成立したことについて、「父親としての最低限の役割を果たしたと思う」と謙虚なコメントを述べた。
NHKのこのニュースを見たというKさんから、「私も亡くなられた彼と同様の厳しい立場に立った経験があり、筆をとらずにはおられず、お便りをさせて頂きました」と、私宛に「亡くなられた青年のお父様へ」と題するメールが届いた。

お父様の「最低限の役割」とのコメントに対し、「お父様が果たされたのは『最低限の役割』なんかではないです。父親として、人として『最大限の役割』を果たされたと、私は思っています。」と述べ、「これからも、お父様が裁判を戦い抜かれたことによって、道が開け、救われる若者が数多く出てくることでしょう。」と語っている。

このメールを読んだとき、私にはある作家の小説の最後に出てくる、「希望とは道のようなものだ、はじめはあるかなきかだが、多くの人が歩むことで道はできる」との言葉を思い出した。

かつて過労死、とりわけ過労自殺は社会的に認知されず、労災認定さえ極めて困難で、損害賠償責任を問うのはラクダが針の穴を通るようなものと言われていた。
しかし、遺族、被災者が、あるかなきかの困難な道を一人歩み、二人歩み、そして多くの人たちが歩むなかで救済の道は拓け、一昨年には、遺族らが100万人署名に取り組むなかで、国会で全会一致で過労死等防止対策推進法が成立するに至っている。

このメールをお父様にすぐ転送した。息子さんの命を失った悲しみを、このKさんのメールが少しでも癒やすことができればと思う。

2015年1月 7日 (水)

何が久人さんを過労死させたのか

ファミリーレストラン「まるまつ」酒田店店長代行をしていた五十嵐久人さん(死亡当時25才)が過労死した事件で、山形地裁鶴岡支部で同店を経営していた「カルラ」(本社宮城県)との間に平成26年12月8日和解が成立しました。会社が労働時間や健康管理に不備があったことを認め謝罪し、原告であるご両親に弔慰金を支払うほぼ完全勝訴の内容の和解です。私の事務所のある大阪から山形県鶴岡市まで度々通った感慨深い事件の1つでした。
ご両親の知人、友人らが「道の会」という裁判支援の会をつくり、過労死防止法制定のための署名や、ご両親の地元の三川町や鶴岡市、酒田市等の町・市議会で制定のための意見書を国会に提出する運動に尽力してきました。
「道の会」を解散するにあたり寄稿した文を紹介します。

--------------------------------------------------
              何が久人さんを過労死させたのか

                               過労死弁護団全国連絡会議代表幹事
                                      弁護士  松  丸     正

1 久人さんの過労死
 株式会社カルラは「和風レストランまるまつ」等の外食店舗を東北・北関東地区において経営する会社です。
 故五十嵐久人さん(死亡時25才)は、大学を卒業したのち平成21年4月にカルラに就職し、同年3月23日より「和風レストランまるまつ酒田店」で店員として勤務を開始しました。平成22年3月1日には入社1年もたたずして店長代行に昇進し、まるまつ酒田店の営業の責任者となっています。
 久人さんは平成23年2月に会社より栃木県内の24時間営業の店舗への転勤を求められましたが、今まで以上に過重な業務となることや、自宅のある山形を離れたくなかったことから、同年3月15日付けで退職することとし、同年2月22日以降は有給休暇を使い就労していませんでした。
 しかし、久人さんは平成23年3月21日午前5時ころ、自宅において心筋梗塞(死亡診断書上の直接死因の病名)を発症し亡くなったのです。

2 久人さんの労働時間
 会社が把握していた久人さんの時間外労働時間は、
  発症前1ヵ月目 0時間
   〃 2ヵ月目 14時間
   〃 3ヵ月目 28時間
   〃 4ヵ月目 52時間
   〃 5ヵ月目 60時間
   〃 6ヵ月目 41時間
でした。
 しかし、裁判のなかで明らかになった警備記録等に基づく実際の時間外労働時間は、
  発症前1ヵ月目 14時間
   〃 2ヵ月目 112時間
   〃 3ヵ月目 142時間
   〃 4ヵ月目 170時間
   〃 5ヵ月目 193時間
   〃 6ヵ月目 180時間
でした。
 厚生労働省が定めた過労死の認定基準は、月80時間の時間外労働を過労死ラインとしていますが、久人さんの発症前の時間外労働はその2倍あるいはそれ以上の常軌を逸した長時間労働でした。

3 社長の「稼働計画は絶対」との命令の下で「偽造」された労働時間
 なぜ、会社が把握した労働時間と実際の労働時間との間に著しい食い違いが生じたのでしょうか。
 この会社の社長は「稼働計画は絶対」との下に、社員に対し「稼働計画」=勤務予定にあわせてタイムカード(IDカード)の打刻をすることを命令し、社内報でもその徹底を指示していました。
 タイムカードは実際の出・退勤にあわせて打刻するのが当然ですが、この会社では稼働計画にあわせて打刻することを社員に強制し、稼働計画に組み込まれた時間外労働時間のみを時間外労働として把握していたのです。稼働計画にあわせたタイムカードの打刻により虚偽の労働時間がつくられていたと言っても過言ではありません。労働時間を適正に把握することにより長時間労働が生じないようにして社員の心身の健康を守ろうとする姿勢は、この会社には認められませんでした。
 久人さんの過労死に限らず、過労死や過労自殺の背後には、このような会社による労働時間の適正把握の懈怠があります。

4 実際の労働時間を明らかにするなかでの和解成立
 裁判のなかでの弁護団の立証は、隠された労働時間を警備記録という嘘のない客観的な記録をもって明らかにすることに注力しました。
 また、発症前1ヵ月間は久人さんは会社を退職することにして仕事をしていなかったので、発症前2ヵ月目以前の長時間労働と発症との相当因果関係を明らかにすることも重要な争点でした。
 久人さんの事件は、2年間の裁判を経て平成26年12月8日裁判上の和解が成立しました。成立にあたり裁判長は、原告であるご両親に対し久人さんが亡くなったことについて哀悼の意を述べるとともに、被告のカルラに対しては社員の労働時間並びに健康管理に尽力するようにとの言葉を添えていたのが印象的でした。

5 若者が夢をおいかけ生き生き暮らせる社会であってほしい
 久人さんは亡くなる1ヵ月程前、あまりに過酷な勤務に耐えかねて母親の照子さんに、「お母さん見ていて分かると思うけど、今の仕事やめるかも」と話し、退職を決めています。
照子さんは新聞の読者のページにこのことを投書しましたが、その投書が掲載された翌日に久人さんは帰らぬ人になっています。その投書は「早くやめた方がいいよともいえず見守る親もつらい。若者が夢をおいかけ生き生き暮らせる社会であってほしい」と結ばれています。
 「道の会」による自治体の意見書提出の運動の力もあって、過労死等防止対策推進法が成立しました。過労死防止元年と言える今、久人さんのような悲しい出来事が起きることがないよう、過労死防止への「道」を広く踏み固めていきましょう。

2014年1月 9日 (木)

社長らトップの個人責任と、就活情報からみた大庄日本海庄や過労死事件

1 新卒就職後4ヵ月目の過労死
東証一部上場企業である大庄が経営する日本海庄や石山駅店に、大学を卒業し正社員として平成19年4月1日から勤務していた故吹上元康さん(当時24才)が、入社してわずか4ヵ月にして心機能不全で死亡した。
元康さんの労働時間は、「死亡前の1か月間では、総労働時間約245時間、時間外労働時間数約103時間、2か月目では、総労働時間約284時間、時間外労働時間数約116時間、3か月目では、総労働時間約314時間、時間外労働時間数約141時間、4か月目では、総労働時間約261時間、時間外労働時間数約88時間となっており、恒常的な長時間労働となっていた」(地裁判決の認定)。
弁護団は大津労基署長に対し、業務上の死亡として遺族補償給付等の支給請求を行い、平成20年12月10日付けで業務上として支給決定が下された。

2 京都地裁への大庄、更に取締役に対する損害賠償請求
元康さんの父母は、同年12月22日に大庄のみに対する損害賠償請求を提訴した。
しかし、元康さんの命を奪った責任は、長時間労働を前提とする賃金体系や三六協定をつくりあげたトップにあり、この取締役の責任を抜きにしてこの過労死事件を語ることはできない。翌21年1月8日に会社法429条1項に基づき代表取締役社長並びに当時管理本部長、店舗本部長、第1支社長であった取締役3名の計4名を被告とする訴訟を追加提訴し、大庄を被告とする事件と併合して審理することになった。

3 社長らを被告に加えた理由
会社法429条1項(旧商法266条の3)は、取締役がその業務の執行を行うにつき、悪意又は重大な過失により第三者(労働者も含まれる)に損害を与えたときは、取締役は個人としてもその責任を負うことを定めている。
大庄事件以前にも、過労死の損害賠償請求事件でこの条文に基づき、会社のみでなく社長ら取締役の責任を追及する訴訟は、大阪を中心に少なからず取り組まれ勝訴判決を得てきた。しかし、これらの訴訟で取締役を被告に加えた理由の多くは、会社が小規模なため勝訴した場合においてもその支払い能力がなく、損害が填補されないおそれがあることにあった。
大庄は東証一部上場企業であり、そのおそれはなかったが、社長らを被告にした理由は、過労死を生み出す社内体制を構築したトップの責任を明らかにする、それにより過労死を防止する社内体制を構築させることであった。

4 大庄の賃金・労働時間体制
大庄では新卒一般の初任給は当時月194,500円とされていたが、基本給123,200円、役割給71,300円とされており、役割給は月80時間の時間外労働分の賃金とされていた。
月80時間の時間外労働は過労死ライン(厚労省の過労死の認定基準では発症前2ヵ月間ないし6ヵ月間に月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められるときは原則として業務上と判断される)である。
心身の健康を損ねるおそれのある長時間労働が元康さんら社員の「役割」として賃金体系上位置づけられていた。
三六協定は特別条項で時間外労働を「1ヵ月100時間(回数6回)」を限度として延長することができると定められていた。
このような賃金・労働時間体制の下、社員は元康さんの勤務していた石山駅店のみならず、他の店舗においても過労死ラインを超えて働くことが常態化していることを、裁判で明らかにしていった。

5 京都地裁、大阪高裁の判決
京都地裁判決は平成22年5月25日「恒常的に長時間労働をする者が多数出現することを前提とした一見して不合理であることが明らかな労働時間(三六協定)・賃金体系の体制」をとっていたとして、大庄のみならずその社長ら取締役4名の個人責任(会社法429条1項の責任)を認める判決を下した。
これに対し被告らは大阪高裁に控訴し、会社側は三六協定や賃金体系につき、「その体制は経営判断事項であり、労災認定上の基準時間はその一要素にとどまる。」としたうえ、どのような体制をつくるかは、「経営判断事項にあたり、労災認定上の基準時間は経営判断における裁量権限の行使が著しく不合理とは言えないかどうかを判断するにあたって、検討の一要素である社会情勢等の一事情になるにすぎない。」と言い放った。同時に同業他社の三六協定(例えば、ワタミフードサービスの特別条項は月120時間)を提出し、外食産業の三六協定では過労死ラインを超えた時間外労働があたりまえとなっていることを主張した。
大阪高裁は平成23年5月25日に控訴棄却の判決を下した。
高裁判決は「責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお、不法行為責任についても同断である。」と判示した。
過労死ラインを超える労働時間、賃金体系をとるか否かは経営判断とする会社側の主張に対し、労働者の生命・健康は至高の法益として、誠実な経営者であれば長時間労働による過重労働を抑制するのが当然の責務としたこの判決は、大庄のみならず過労死ラインを超える三六協定や賃金体系をとっている企業に対する大きな警鐘を打ち鳴らしたものと言えよう。

6 最高裁の上告棄却、上告不受理決定
大庄と社長ら取締役は、最高裁に上告並びに上告受理申立を行った。上告受理申立理由書はつぎの言葉で結ばれている。
「高い志を持った従業員を大切に育てたい、やる気を持ち続けてほしいという思いから、申立人会社では『社員が幸せでなければ会社とは言わない』という大原則に基づき、『親が子どもに与えるような見返りを求めない愛』を従業員らに与え、従業員らが来店したお客様に愛を与えていくという『愛の経営』を目指して実践してきた。そして、志の高い従業員のためのインセンティブとして『大庄8大制度』(ストックオプション制度、従業員持株制度、所得倍増制度、持家(住宅資金融資)制度、独立制度、持店(ダブル・インカム)制度、執行役員制度、Uターン独立制度)を整備・実施し、福利厚生にも力を入れている。
志が高く向上心が強い申立人会社の従業員たちの中には、早く自らの技術を向上させたいがために、日夜研鑽に励む者もいる。しかし、申立人会社では、そういった従業員たちのやる気を尊重しつつも、健康であることや健全な家庭を築くことも申立人会社の従業員として、また将来の起業家として重要であるという考えから、過重労働に陥ることのないよう各店舗の状況に応じて法定時間以上の休憩時間を確保し、従業員らは仮眠を取ることもできていた。勤務のあり方については店長から個別に注意を促したり、細かい心配りをし、適宜休みを取らせるなどの柔軟な対応によって従業員の健康管理にも心を尽くしてきた。
このように、従業員らを何よりも大切にしてきた申立人会社にとって、原審の認定は極めて心外であり、御庁による是正を心から願うものである。」
最高裁は平成25年9月24日付けで、上告棄却・上告不受理決定を下している。
親が子どもに与えるような見返りを求めない「愛の経営」、志の高い従業員のためのインセンティブとしての「大庄8大制度」の「夢の経営」との言葉の下で、恒常的長時間労働が全社的に常態化する社内体制がつくられてきたことを、この事件は明らかにすることができたと言えよう。

7 過労死防止をトップに突きつけた裁判
現在、過労死防止基本法の制定を求める運動の下、同法の制定に向け国会で議連が制定され、法案上程への動きが高まっている。また、若者の労働現場を中心とした「ブラック企業」問題が社会的に注目を浴びている。社長ら取締役にも厳しく、その個人責任を指摘した地裁・高裁判決、並びに上告棄却・上告不受理決定は、過労死ラインを無視した賃金体系や三六協定による労務管理を行っている多くの会社のトップ(取締役)に対し、その個人責任を明確にすることにより、その是正措置をなすべきことを突きつけたものと言えよう。

8 就活情報の問題点
元康さんが就職をした平成19年4月当時の大庄の就活情報によれば、初任給は194,500円と記載されたのみで、そのうちには月80時間分の時間外労働分に相当する役割給71,300円が含まれていることは記載されていなかった。就活情報(日経ナビ)には初任給は「残業代別途支給」として記載されていた。
大庄の就活情報における労働条件についての非開示は現在も継続している。
「就職四季報2014年版」(東洋経済新報社刊)によれば、「3年後離職率」「有休消化年平均」「初任給」「ボーナス」「年令別最高最低賃金」「有休消化」「平均勤続年数」「月平均残業時間と支給額」「離職率と離職者数」は全て「NA」(ノーアンサー)となっており、開示率は最低の星マーク1つとなっている。
正しい就活情報を開示させることは、学生の就活にとって不可欠であるとともに、社員の労働条件の改善にも重要性を有する課題である。厚労省は来年度からハローワークを通じ大学生・院生を採用する企業に、離職率についての公表を任意であるが求めるとしている。就活生が、企業の労働条件につき就活時に質問することは困難であり、かつ労働条件についての情報は就活生にとって重要な事項であることを考えると、離職率のみならず、「就職四季報」に記載される全ての情報につき開示することを義務づけるべきであり、その旨の職業安定法の改正も求められる。

9 社長ら役員らによる会社に対する賠償金の支払い
大庄が平成25年11月28日に関東財務局長に提出した有価証券報告書は、「重要な後発事象」として、
「当社及び当社役員4名は、当社元従業員が平成19年8月に自宅で心臓性突然死したことに関し、遺族より、損害賠償金の支払いを求める訴訟を提起され、平成22年5月に京都地方裁判所より、損害賠償金78百万円及び遅延損害金の支払いを命ずる判決が下されました。また、平成23年5月に大阪高等裁判所より、当社らの控訴を棄却する判決が下され、平成25年9月に最高裁判所において、当社らの上告を棄却する決定がなされました。
この役員個人の責任も認めた最高裁判所の決定を重く受けとめ、当社は損害賠償金及び遅延損害金の合計額102百万円につき、平成25年11月20日の臨時取締役会において当該役員個人が全額負担することを決定し、当該役員もこれを了承しております。
この結果、本件訴訟に対して計上していた訴訟損失引当金78百万円は翌連結会計年度において取り崩すこととし、特別利益に計上する予定であります。」
と記載されている。
損害賠償金の支払いにつき社長ら役員個人に全額負担させたことは、過労死・過労自殺事件についてのトップの責任を明確にさせ、労働条件についての社内のコンプライアンス(法令遵守)を自覚させるという結果をもたらすことに期待したい。

2011年5月27日 (金)

大庄・大阪高裁判決「労働者の生命・健康は至高の法益」

東証一部上場企業である大庄が経営する日本海庄や石山駅店に、大学を卒業し正社員として平成19年4月1日から勤務していた故Mさん(当時24才)が、入社してわずか4ヵ月にして心機能不全で死亡した件で、京都地裁は平成22年5月25日「恒常的に長時間労働をする者が多数出現することを前提とした一見して不合理であることが明らかな労働時間(三六協定)・賃金体系の体制」をとっていたとして、大庄のみならずその社長ら取締役4名の個人責任(会社法429条1項の責任)を認める判決を下しました。
大庄と取締役らは大阪高裁に控訴しましたが、京都地裁判決から丁度1年後になる本年(平成23年)5月25日に控訴棄却の判決を下しました。
大阪高裁の判決は、京都地裁の判決より、取締役の責任につき更に一歩踏み込んで、会社法上の責任に加えて、取締役らは大庄の三六協定や賃金体系の下では「現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず、控訴人会社(大庄)にこれを放置させ是正するための措置を取らせていなかった」として、不法行為責任(民法709条)もあわせて認めました。
大庄では、賃金体系は「役割給」として月80時間の時間外労働を前提とし、三六協定は月100時間の時間外労働が年6回認められることになっていました。
控訴審で、会社側は三六協定や賃金体系につき、「その体制は経営判断事項であり、労災認定上の基準時間はその一要素にとどまる。」としたうえ、どのような体制をつくるかは、「経営判断事項にあたり、労災認定上の基準時間は経営判断における裁量権限の行使が著しく不合理とは言えないかどうかを判断するにあたって、検討の一要素である社会情勢等の一事情になるにすぎない。」と言い放っていました。
同時に同業他社の三六協定(例えば、ワタミフードサービスでは月120時間)を提出し、外食産業の三六協定では過労死ラインを超えた時間外労働があたりまえとなっていることを主張しました。
大阪高裁判決は、「責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお、不法行為責任についても同断である。」と判示しています。
過労死ラインを超える労働時間、賃金体系をとるか否かは経営判断とする会社側の主張に対し、労働者の生命・健康は至高の法益として、誠実な経営者であれば長時間労働による過重労働を抑制するのが当然の責務としたこの判決は、大庄のみならず過労死ラインを超える三六協定や賃金体系をとっている企業に対する大きな警鐘を打ち鳴らしたものと言えましょう。

その他のカテゴリー