過労死等を生み出す原因は労働時間の適正把握のサボタージュにある
1 自己申告による過少な労働時間の把握
労働時間が客観的な出退勤の記録で把握されることなく、自己申告により過少に把握され、社内の労働時間についての法令順守が機能しないことこそが、過労死等の原因となる長時間勤務を生み出す最大の要因と考えている。
私が担当した事件の多くは、下記のとおり、パソコンや警備記録等の客観的な出退勤の記録にもとづく労働時間と、自己申告の労働時間の著しい齟齬のもとで生じている。
2 実態としての労働時間と自己申告の乖離の事例
(1)民間労働者の過労死等事案
ア 大手電気工事会社の現場監督(30才)の過労自殺
ビル新築工事の空調工事等の現場担当者として従事していた期間中(約1年)月100時間を超える時間外労働が警備記録で明らかとなった。しかし、自己申告は工事予算で割り当てられた時間しか申告されておらず、私はこの事案で労働時間適正把握の重要性を認識させられた。
年月 | 自己申告 | 実態(警備記録等) |
平成16年4月 | 24:00 | 164:59 |
5月 | 24:00 | 148:47 |
6月 | 28:00 | 132:19 |
7月 | 28:00 | 176:21 |
イ 鉄道会社の総合職社員(28才)の自殺
大学院卒の嘱望された社員の自殺で、昼は工事事務所でのポイント切替え等の設計作業、夜は工事現場に出向いての下請の作業指揮の連日の作業のなか常軌を逸した長時間労働に従事していた。
36協定の一般条項の月45時間を意識した自己申告がなされていた。
年月 | 自己申告 | 実態(パソコン等) |
平成24年3月 | 72:45 | 254:49 |
4月 | 39:15 | 148:51 |
5月 | 35:30 | 113:43 |
6月 | 44:00 | 162:17 |
7月 | 45:00 | 141:09 |
8月 | 40:15 | 130:32 |
9月 | 35:15 | 162:16 |
ウ 地銀のシステム開発担当行員(40才)の自殺
銀行の決裁システムの更改の責任者が、遺書で取引先、会社、上司に謝りながら、3人の幼い子を残して本社ビルから投身自殺した。
年月 | 自己申告 | 実態(パソコン等) |
平成24年7月 | 34:30 | 109:48 |
8月 | 38:30 | 129:45 |
9月 | 60:30 | 168:16 |
エ 大手電気工事会社の現場代理人(62才)の胃かいよう出血死
定年退職後嘱託で勤務していた高年齢労働者の消化管疾患死
年月 | 自己申告 | 実態(パソコン) |
令和3年10月 | 78:30 | 122:52 |
11月 | 89:30 | 175:44 |
(2)公務員の事案
ア 新入の市職員(22才)の自殺
・新入職員として採用され、納税課での滞納整理業務
・担当案件が3倍になり、時間外労働が月100時間超となり自殺
年月 | 自己申告 | 実態(パソコン入力) |
平成23年4月 | 4:30 | 37:05 |
5月 | 18:30 | 57:48 |
6月 | 21:20 | 68:07 |
7月 | 3:00 | 65:02 |
8月 | 11:00 | 121:15 |
イ 県職員(35才)の自殺
・勤務票に並んで記載された自己申告とIDカードの時間との著しい齟齬
・うつ病を発病し言動の変化が生じたことを祖母が人事課に直訴するも対応せず
年月 | 自己申告 | 実態(システム) |
平成28年1月 | 27:15 | 99:59 |
2月 | 0:00 | 101:45 |
3月 | 46:00 | 162:31 |
ウ 市職員の過労自殺
事務効率課の市役所職員の長時間勤務による自殺
年月 | 自己申告 | 実態(パソコン) |
令和元年10月 | 21:00 | 91:17 |
11月 | 23:00 | 137:11 |
12月 | 24:00 | 196:36 |
なお、上記の民間並びに公務員の事案はいずれも業務上(公務上)と認められた事案であり、時間数は労基署長等が調査した記録に基づくものであるが、弁護士として業務上認定させるための努力の多くは、出退勤の客観的記録に基づき過少な自己申告の実態を明らかにすることに費やされている。
労働時間の適正把握の懈怠は過労死等の原因であるとともに、過労死等の救済の大きな壁となっている。
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