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労災認定

2025年5月29日 (木)

海外赴任者の過労死・過労自殺の問題点

 海外出張、海外出向等、職種を問わず、多くの労働者が海外での勤務に就いており、海外赴任者の過労死・過労自殺の遺族らによる連絡会が結成されています。
 海外赴任と過労死・過労自殺の問題点について考えてみます。

 

第1 海外赴任中の労災保険の適用について

1 労災保険の対象となるか―海外派遣と海外出張の違い
 過労死・過労自殺等も含めて、海外赴任者の労災保険の適用の有無について、厚労省の通達は、海外出張者と海外派遣者とを区別して、海外出張者については当然日本の労災保険の保護が与えられるが、海外派遣者は特別加入しなければ保護の対象にならないとしています。その区分については「単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務するのか、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務することになるのかという点からその勤務の実態を総合的に勘案して判定されるべきものである」(昭和52年3月30日付け基発第192号)。
 数年に亘る長期間の赴任でも、本社・支店等、日本の事業場からの指揮命令下で業務を行っている実態があれば、社内的に出張扱いとされず子会社への派遣あるいは赴任とされていても、特別加入することなしに日本の労災補償を受けられるのが原則です。
 判例も、中小運送会社の東京営業所に勤務していた社員が、営業所に在籍して中国の子会社に出向し、総経理、代表処首席代表として勤務している際、急性心筋梗塞を発症し過労死した事件につき、東京高裁は平成28年4月27日、出向中も東京営業所の指揮命令の下で業務を行っていた実態に基づき、特別加入していなくとも労災補償を受けられるとの判決を下しています(国・中央労基署長(日本運搬社)事件・労働判例1146号46頁)。
 海外赴任先での業務についての指揮命令の実態が重要ですが、その実態は海外派遣者の業務内容により様々であり、労基署の判断も必ずしも厚労省の通達に沿ったものとは言えないことも少なくありません。前記の東京高裁の事案も、労基署や東京地裁判決では、特別加入していなかったとして、労災補償の対象にはならないとされていました。
 特別加入する必要があるかどうか判断が困難なケースについては、特別加入するのが海外赴任者の労災補償による保護のためには必要です。

2 特別加入していても、通常の労災補償として請求した方が補償額が高くなるケースも
 また、特別加入していても、労災保険上出張と認められれば、特別加入による労災補償(給付基礎日額を決めて加入します)より、通常の労災補償の額の方が上まわることがあります。給付基礎日額を1万円として特別加入していても、月45万円の給与であれば給付基礎日額を1万5000円を基礎にして1.5倍の補償がされることになります。特に過労死のように不払残業代があり、それが給付基礎日額に反映されていないときは、その額も反映されます。特別加入していても通常の労災補償として請求をすることも検討して下さい。
 海外赴任中の業務は、心身への負担が重く、過労死・過労自殺に至ることが少なくありません。以下、判例に即して、その労災認定と予防策について検討しましょう。

 

第2 海外赴任中の脳・心臓疾患による過労死の労災認定

1 中央労基署長(電通)事件・東京地裁平成13年5月30日判決(労働判例813号42頁)
 大手広告代理店電通の米国子会社に出向していた被災者A(当時48才)が、東京出張中にくも膜下出血によって死亡した事案です。
 発症当時Aは、クリエイティブ業務、営業業務、管理業務全般を遂行しており、推進中の懸案事項は主なものだけで10件を超えていました。
 判決は海外赴任中の「Aの就労時間は、従前から、所定労働時間を大きく超え、休日も就労することが少なくなく、昭和63年1月、スペシャルプロジェクト部門に異動してからは、この傾向は、更に強まっていたこと、Aは、本件発症前の1年間で6回の海外出張をし、その日数も、うち3回は30日間、24日間、24日間と長期にわたり、うち1回は業務上の必要性から当初の予定を更に延長したものであったこと、平成元年11月15日からの東京出張に当たっては、極度の睡眠不足と時差ボケの状態で東京に赴いたが、東京出張の期間中は、同月19日(日曜日)午後と体調が悪化した同月23日午後とを除くと、長時間、多数回にわたって業務関係者と面談、会食等を繰り返し、夜間遅くの時間に及んだこともしばしばであったことは、前記認定のとおりである。そして平成元年の1年間で期待された成果が上がらなければスペシャルプロジェクト部門が閉鎖されるというおそれがあり、設定された営業目標の下で、Aが同年11月15日からの東京出張に対して思い詰めた気持ちで臨んでいた」として、くも膜下出血発症の業務起因性を認めています。

2 国・中央労基署長(興国鋼線索)事件・大阪地裁平成19年6月6日判決(労働判例952号64頁)
 米国子会社に、特別加入して副社長として出向中にくも膜下出血を発症したことについて業務上外が争われた事案です。
 判決は、「Aは、発症前1か月間の90時間に及ぶ時間外労働に加え、8年間もの長期間にわたり恒常的な長時間労働に従事し、発症前2年間は1か月80時間前後の時間外労働が常態化していたと窺われること、唯一の日本人技術者であり、かつ生産・技術部門の副社長として、責任ある立場にあったこと、生産量を維持するために安定した労働力の確保が急務であり、労務管理に腐心していたものの、その成果が上がらず、雇用状況ひいては生産量の改善の見通しが立たないという業務遂行が困難な状態にあったことを総合してみれば、Aが発症前に従事していた業務は、本件疾病の基礎疾患である脳動脈瘤をその自然経過を超えて著しく増悪させ、発症に至らせるほどの過重負荷になるものであったと認めることができる。」として業務上としています。

3 松本労基署長(セイコーエプソン)事件・東京高裁平成20年5月22日判決(労働判例968号59頁)
 海外現地法人の技能検定・人材育成等の業務に従事していた当時41才の社員が、帰国後間もなく国内の出張先のホテルでくも膜下出血を発症して過労死した事案です。
 発症前6か月間の時間外労働はいずれも1か月当たり30時間未満でしたが、「平成12年11月以降の合計10回、183日間の海外出張の業務は、被災者の従前の海外出張と比較して、出張回数・日数が著しく増加しており、その業務も、海外出張に伴う生活環境の変化の中で、精神的に緊張を伴う業務に従事して疲労が蓄積していった」ことや、発症直前の国内での過重な業務に頭痛をおして従事したとして、業務上と認められています。

 

第3 海外赴任者の精神障害・自殺の労災認定

1 加古川労基署長(神戸製鋼所)事件・神戸地裁平成8年4月26日判決(労働判例695号31頁)
 大学を卒業した年の4月にB社に入社した新入社員Aが、入社した年の12月、期間約2ヵ月の予定でインドのタールサイトへ出張を命じられ業務に従事中、うつ病ないしうつ状態となって、赴任後1ヵ月半後に宿泊したホテルの自室の窓から投身自殺した事件で、海外赴任者のメンタル管理について学ぶべき多くの指摘をしています。
 労基署長や判決で業務上と認められた過労自殺の事案をみると、未だ経験が乏しく業務に習熟していない新入社員のものが少なくありません。かつ、意思疎通が困難な海外の地で上司等の支援のない下での業務は過大なストレスを生じやすく、海外赴任にあたっては、しっかりしたサポート体制が必要であることをこの事案は示しています。
 ①Aは、入社後1年に満たない新入社員であり、かつ研修期間の途中であって、海外勤務は初めてであったこと、②出張先のインドは発展途上国で言語はもとより生活習慣などにも差異があり、ビジネス上の約束履行に対するルーズさも日本とは比較にならない面があったこと、③とくに派遣先のタールサイトは人家が疎らな農村で日本との通信事情も極めて悪く、現地では基本的に先輩社員Cと二人だけであることなどにより、Aが自分で判断して処置しなければならないことが多かったなど、新入社員の初めての海外出張先としてはいささか苛酷なものであったこと、④D社技術指導員の宿舎に関するトラブルは被災者が派遣先において初めて遭遇した難問であり、適切な解決法を見いだせず不安、緊張に満ちた強度の精神的負担を負っていたこと、等による海外赴任中の心理的負荷によりうつ病を発症し自殺に至ったとして業務起因性を認めています。

2 国・八王子労基署長(パシフィックコンサルタンツ)事件・東京地裁平成19年5月24日判決(労働判例945号5頁)
 カリブ諸国中、セントヴィンセントおよびグレナディーン諸島国に、単身で赴任・業務従事していた被災者の赴任5か月半後の自殺につき、業務自体の困難性は認められないが、①単身での赴任・業務従事、②在留資格が断続的に喪失する状況での業務従事、③隣国出張中の現地行政担当者からの叱責事件の発生、④業務に関する方針変更、⑤被災者の実労働時間等の、業務による心理的負荷によりうつ病を発症したとして業務起因性を認めています。

3 国・北大阪労基署長(スターライト工業)事件・大阪地裁平成20年5月12日判決(労働判例968号177頁)―弁護団の一員として私も担当した事件です
 中国への工場移管プロジェクトにおいて工場建屋の建設計画責任者となり、その後現地法人への出向が決定されたチームリーダー(被災者)が4回目の中国出張後の平成12年9月に自殺した事案です。
 判決は、「亡太郎が、本件プロジェクトの担当となり、3回目の海外出張を終えるころまでの間に受けた心理的負荷の強度は」、「本社プロジェクトの設備担当の責任者であった以上、設備関係の中心ともいえる工場建屋の建築が、最初の段階から遅延することにより、本件プロジェクト自体が遅延することについて、亡太郎が、強い心理的負荷を受けていた」、「現地設計事務所は、本件会社から基礎図の提出がないことを理由に設計図面を作成しようとしなかったこと」、並びに「何度も計画が変更し、本件プロジェクト自体が遅延していったこと」並びに担当となったことに加えて、「仕事の質、責任の変化」、「仕事の他律性や強制性」、「中国での職場環境」、「現地法人への出向が告知されたこと」等の出来事による強い心理的負荷によりうつ病を発症し自殺に至ったとしています。

4 国・神戸東労基署長(川崎重工業)事件・神戸地裁平成22年9月3日判決(労働判例1021号70頁)―弁護団の一員として私も担当した事件です
 当時、川崎重工業の産機プラント事業部輸送システム部の輸送システムグループのグループ長として、韓国仁川国際空港とソウル市内を結ぶ鉄道システム建設プロジェクトの受注に向けた取り組みをしていた被災者が、うつ病を発症し平成14年に自殺をしたことについての業務上外が争われた事案です。
 判決は、「社内で策定されていた輸送システムグループの平成10年以降の受注目標に照らせば、新設された輸送システムグループであっても、設立後すみやかに年間20億円から80億円程度の受注を実現することが期待されていたことが認められる。」と述べたうえ、グループ発足後3年を経ても受注がとれないことにつき、「それがあらかじめ分かっていたとしても、受注設計を行う立場の者にとっては、非常に辛いことであるとされており、受注がないことは、亡太郎にとって強い心理的負荷となっていたばかりでなく、その後、平成13年には役職のない部員全員が輸送システムグループからの異動を希望するほど、輸送システムグループの部員にとっても心理的負荷となっていたものと認められる。」と判断しています。
 そのうえで、「判断指針における『ノルマが達成できなかった』出来事に類似するものであること等の事実関係を総合すれば、亡太郎の発症前6か月の労働時間は恒常的な長時間労働には該当しないとしても、亡太郎の業務負担は、相当程度過重であったものと認められるから、亡太郎の業務による心理的負荷は『強』であったものというべきである。」として、うつ病発症の業務起因性を認めたうえ、「亡太郎の自殺は、平成12年12月13日のうつ病発症から1年5か月が経過した時点で発生しているが、本件において、うつ病による希死念慮の他に亡太郎が自殺をするような要因・動悸を認めるに足りる証拠はないから、亡太郎の自殺についても、同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものと評価するのが相当である。」として、自殺の業務起因性を認めています。

 

第4 海外赴任者の消化器系疾患の労災認定

 神戸東労基署長(ゴールドリングジャパン)事件・最高裁三小平成16年9月7日判決(労働判例880号42頁)―私が担当した事件です
 被災者は平成元年11月20日から24日まで国内出張を命じられ、1日おいて同26日から12月9日まで12日間、韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、香港に出張、社長、顧客会社の役員らに随行して商談等に従事していました(その間の労働時間は合計144.5時間、1日当たり平均13.1時間、時間外労働62時間、休日労働2日間)が、同月7日商談を終えて香港へ移動中、腹痛を起こし、救急車で病院に搬入され、十二指腸潰瘍の開腹手術を受けたことについて要した治療費について労災保険へ請求した事案です。
 神戸地裁、大阪高裁の判決は業務起因性を否定しましたが、最高裁はつぎのように判示して、高裁判決を破棄し、業務上と判断しました。
 「本件疾病の発症以前にその基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが、同基礎疾患等が他に発症因子がなくてもその自然の経過によりせん孔を生ずる寸前にまで進行していたみることは困難である。そして、本件疾病を発症するに至るまでの上告人の勤務状況は、4日間にわたって本件国内出張をした後、1日おいただけで、外国人社長と共に、有力な取引先である英国会社との取引拡大のために重要な意義を有する本件海外出張に、英国人顧客に同行し、14日間に6つの国と地域を回る過密な日程に下に、12日間にわたり、休日もなく、連日長時間の勤務を続けたというものであったから、これにより上告人には通常の勤務状況に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負担が掛かっていたものと考えられる。」

 

第5 海外赴任者の勤務状況の把握と心身の健康管理の重要性
 海外赴任者の業務については、その労働時間等の業務実態を適正に把握することは困難です。私が担当した、製造メーカーの技術者がインドネシアに赴任し、帰国後間もなくくも膜下出血で死亡した事案では、出張旅費等の資料のうちに、ホテルと工場の移動に使った運転手付レンタカーの費用明細書に、ホテル出発、帰着の時刻が記載されていたため、それによってようやく長時間労働を立証することができました。
 海外での勤務は前述した判例にあるように、海外赴任は期間内に過大な目標やノルマの達成が求められ、国内勤務と比べ様々な心身に対する負荷が生じることは明らかです。業務実態を把握しにくく、社内サポートを得られにくいうえ、現地の顧客、取引先との意思疎通がとりにくく孤立しがちな海外勤務者については、国内勤務者以上にその勤務実態を把握し、業務への支援を行い、心身の健康管理を行う体制を構築することが求められます。また、メンタルに問題を抱えて精神科医の受診を受けたくても、海外ではそれすら困難なことが多く、受診できたとしても、言葉の壁のため問診等で症状を正しく伝えることができないことが多く、治療の機会を得られないまま症状が増悪するケースもあります。
 更に、海外赴任者の多くは、国内では管理監督者に該当するとして、労働時間管理がなされていないことが少なくありません。管理監督者であっても、健康面からの労働時間管理を行うことは、国内以上に求められます。
 海外赴任者の勤務の特殊性に対応した、その心身の健康確保のための実効性ある社内規程を定めることが必要です。

 

第6 海外子会社等の出向中の海外赴任者に対する安全配慮義務
 使用者には、労働時間や業務内容を適正に把握し、心身の健康を損ねる過重なものとなっていたときはこれを是正すべき安全配慮義務があります。この義務は海外出張中は勿論、出向であったとしても国内の事業場に在籍し、そこからの業務指揮、命令の下で従事している実態があれば同様です。
 ですから、海外子会社等に出向して勤務していても、海外子会社からの指揮命令が、国内の親会社の具体的・個別的な指示の下になされている実態があるなどの事情が認められれば、親会社に安全配慮義務の責任が認められる余地があります。海外出向の多くのケースでは、出向先からの業務指示と併行して、国内の出向元(本社)からの指示がなされ、その結果、出向先、出向元の板挟みとなって、長時間労働やストレスの強い業務が生じています。出向先、出向元の双方の責任で、安全配慮義務を尽くす体制をつくることが大切です。

 

第7 海外赴任者への安全配慮義務を大切に
 海外赴任者の業務による心身への負荷が高いことは、前記の各判例も述べるとおりです。国内勤務にも増して心身の健康についての安全配慮義務について留意する必要があります。

2025年4月15日 (火)

出血性胃かいようの過労死の損害賠償請求訴訟での和解の成立

1 出血性胃かいようによる過労死について会社が安全配慮義務違反を認めた和解の成立
北陸電気工事株式会社富山支店で、60才の定年退職後、電気工事の現場代理人として働いていた当時62才の嘱託社員が、令和3年12月10日出血性胃かいようで失血死した。
この件につき、私が遺族の代理人として関与したが、富山労基署長は令和5年5月に業務上と認定したことは、先のブログで書いたとおりである。
この過労死につき、遺族は富山地裁に、会社の過重な長時間労働による過労・ストレスによるものだとして、安全配慮義務違反の責任を追及して提訴したが、会社は安全配慮義務違反はないとして争ってきた。
本年4月14日、遺族と会社との間に訴訟上の和解が成立した。内容は一部不開示とされた部分があるが、会社が安全配慮義務違反の責任があることを認め、遺族に解決金を支払うこととしている。
被災者の発症前の時間外労働時間は、労基署長が認定した時間によっても(遺族側は、より長時間であったと訴訟では主張したが)、
  発症前1か月目  122:43
  発症前2か月目  113:39
に及んでいる。

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2 消化器系疾患は過労・ストレス性疾患である
厚労省並びに過労死等を定義した過労死等防止対策推進法2条は、過労死等については脳・心臓疾患、精神障害・自殺に限定しており、胃かいよう等消化器系疾患については含めておらず、その認定基準も定められていない。
過労・ストレスが蓄積したとき、まず「胃がキリキリ痛む」など消化器系に症状が生じるのは、多くの働く者の実感であり、社会の常識と言えよう。
しかし、この件でご遺族が富山労基署に労災認定を求めて相談した際には、認定基準の対象疾病にはならないため労災認定されるのは難しいと回答され、一度は労災の請求をすることさえ断念している。しかし、あきらめることができず私への依頼につながった経緯がある。

3 企業、労働行政に求められる対策
今回の出血性胃かいようによる死亡についての労災認定に加えての、今回の会社が安全配慮義務違反を認めた和解の成立は、消化器系疾患を労働行政に対し「過労死等」として認め、その認定基準を定めることを迫るものである。同時に企業としての社員の「過労死等」防止対策に消化器系疾患にも配慮することを求めるものである。
厚労省は「過労死等」を先の防止法2条の定義を広げ、消化器系疾患や、多くの判例が重積している喘息死等の呼吸器系疾患を含むものとして、その認定の基準を定め防止対策を打ち出すべきである。

2025年2月 7日 (金)

自衛官の過労死・過労自殺の公務上認定

私が担当している過労死・過労自殺事件のうちで、職種的に最も多いのは貨物自動車運転手、つぎに外食店社員になる。公務員関係の担当事件で最も多いのは自衛官になる。(別表参照)

【別表】            担当事案一覧
  所属 年令 死亡年月 死因 公務上認定 判定機関
①A氏 航空 49 H18.9  自殺  H22.4  部隊
②B氏 陸上 49 H19.3  心筋梗塞  H24.12  防衛大臣
③C氏 海上 25 H20.5  脳出血  H30.2  防衛大臣
④D氏 陸上 41 H26.2  自殺  R1.9  方面総監
⑤E氏 陸上 37 H30.3  自殺  R3.3  方面総監
⑥F氏 陸上 28 H25.5  自殺  H30.4  方面総監

自衛官の過労死・過労自殺、とりわけ過労自殺事件でとりあげられるのは、上司のパワハラによるものが報道等で多くとりあげられている。

私の担当した自衛官の過労自殺事件の経験からすると(別表のA、D、E、F氏)、長時間勤務のうえに上司の限度を超えた指導(パワハラ)により、自衛官としての誇りをないがしろにされるなか、そのしんどさと思いを組織のなかで同僚・上司らに伝えることなく自殺に至っている。

自衛官の長時間勤務が生じる原因は、公立学校の教員が月8時間の教職調整額が支給されるのみで時間外手当は支給されていないのと同様、自衛官についても基本給の俸給表に月21.5時間分が上積みされるのみで時間外手当の支給がない点にある。
その結果、勤務時間の適正把握がなされず、私が担当した事案は例外なく月100時間を超える時間外勤務が生じていた。
長時間勤務は被災隊員のみならず、同僚、更には上司にも及んでいる。そのストレスの圧力釜のような状況下での上司の限度を超えた指導が加わると言う構造のなか、過労死・過労自殺に追い込まれる状況が生まれているのではないだろうか。
過労死・過労自殺に倒れた隊員は、任務に対し真摯かつ誠実に向き合い、同僚、更にはパワハラをする上司に対してさえ他者配慮する性格である。

隊内でのパワハラ対策と同時に、一般労働者と同様、勤務時間管理を徹底することが、自衛隊における過労死等の防止のため不可欠である。

なお、自衛隊員についての公務上認定手続はつぎのようになっている。(詳しくは当ブログの表紙のプロフィールに連絡下さい。)

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2023年6月28日 (水)

出血性胃かいようによる死亡についての労災認定

電気工事会社を60才で定年退職後、再雇用で勤務していたA氏(62才)が令和3年12月10日、自宅で出血性胃かいようを発症し死亡しました。
発症前には、大きな会館新築の電気工事の現場代理人をしており、施主や元請からの工期や工事仕様の厳しい変更による困難な業務の下、月100時間を大きく超える時間外労働が続いていました。
この件につき、富山労働基準監督署長は、本年5月19日付けで業務上による死亡と判断し、妻が請求していた遺族補償等の支給決定を下しました。当職がその代理人です。

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過労死等防止対策推進法は「過労死等」について、第2条で「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。」と定めています。

 

しかし、長時間労働等により過労やストレスが蓄積すると脳心臓疾患や精神障害(自殺を含む)のみならず、この事件のような消化器系疾患や、喘息の重積発作等の呼吸器系疾患等も生じています。
過労・ストレスがたまると胃がキリキリ痛む、そんな経験は誰しもがしているのではないでしょうか。ストレス性疾患と聞いたとき、まず浮かぶのが胃かいよう等の消化器系疾患です。
富山労基署長の業務上の判断は、働いている人の実感としては常識といえるでしょう。

 

ほぼ20年前に、同じく私が担当した貿易会社のバイヤー社員が、海外出張中に十二指腸かいよう穿孔を出張先の香港で発症した事案で、最高裁判決でようやく(発症から15年以上かかりました)業務上と認められています(最高裁平成16年9月7日判決)。
この最高裁判決が下されてから20年後に、この富山労基署長の決定が下されたことは、私個人としても感慨深いものです。

 

「過労死等」のうちに消化器系疾患、また判例が積み重ねられている喘息の重積発作死、更には労働保険審査会で認められた事例のあるてんかんの重積発作死(当職が担当した事案です)等も含めて、国や社内での対策が行われることを期待しています。

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2022年1月 4日 (火)

新認定基準の改正とそれに基づく自庁取消し 居酒屋「庄や」柏西口店の調理担当店員の過労死(救命)

●20年ぶりの認定基準の改正
脳血管疾患あるいは心臓疾患の発症(以下、過労死といいます)の業務上外を判断するにつき、厚生労働省は通達という形で「認定基準」を定めています。平成13年12月12日に、厚生労働省は「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第1063号労働基準局長通達)という通達を定めていましたが、20年ぶりに専門検討会報告書の医学的知見等を踏まえて「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和3年9月14日基発0914第1号)を新たに定めました。既に労基署に申請中の事案についてもこの認定基準に基づいて業務上外の判断がされることになります。
●旧認定基準の「過労死ライン」は妥当としています
長期間の過重業務の労災認定にあたって労働時間の評価について、旧認定基準は、
① 発症前1~6か月間平均で月45時間以内の時間外労働は、発症との関連性は弱く、月45時間を超えて長くなるほど関連性は強まる
② 発症前1か月間に100時間又は2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性は強い
としてきました。
②の時間外労働は「過労死ライン」と呼ばれていますが、新たな認定基準においても妥当であるとされています。
●「過労死ライン」に達していなくても、労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮
改正点で最も重要なのは「過労死ライン」の水準には至らないが、これに近い時間外労働が認められるときは、労働時間以外の、
・勤務時間の不規則性
・事業場外における移動を伴う業務
・心理的負荷を伴う業務
・身体的負荷を伴う業務
・作業環境
等の負荷要因も総合的に考慮して、業務上外の判断を行うとしたことです。
勤務時間の不規則性のうちには不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務が挙げられていますが、旧認定基準では評価されなかった「交替制勤務がスケジュールどおり実施されている場合や、日常的に深夜勤務を行っている場合であっても、負荷要因として検討し、労働時間の状況等を合わせて評価する必要がある」としている点が重要です。
旧認定基準も、労働時間以外の負荷要因について十分検討することとしていました。しかし、業務上外の判断では「過労死ライン」の水準に至っているか否かが重視され、労働時間以外の負荷要因の範囲は限定され、かつ付加的にしか評価されていませんでした。今回の改正は、過重性の評価にあたり労働時間という量的過重性に偏重することなく、従事していた業務の質的過重性を総合評価するようになったことが、被災者・遺族の救済にとって最も重要な点です。
●「過労死ライン」に達しない事案についても判例の多くは他の負荷要因を総合評価してきました
「過労死ライン」に達していないため業務外とされたり、申請をあきらめていた方も少なくないと思います。しかし、改正前でも裁判所の判例には「過労死ライン」に達していなくても、それに近い時間外労働が認められる事件については、他の負荷要因(質的過重性)を総合評価して業務上と判断したものが少なくありませんでした。
今回の認定基準の改正は、昭和62年(発症前1週間の評価)、平成13年(発症前6か月間の評価)の改正同様、行政の認定基準の狭い門戸により業務外とされた遺族・被災者が、これにめげず訴訟で争い業務上と認めさせてきた判例の集積のなかでなされたものです。
●「これに近い時間外労働とは」
では、新認定基準で過労死が業務上と認められる救済の門戸は大きく広がるのでしょうか。そのカギを握るのは過労死ラインには至らないが、「これに近い時間外労働」とは、どの程度の時間であるかの点です。
新認定基準は具体的な時間外労働を数値では示していません。
しかし、厚労省が認定基準と同時に発出した認定基準の「運用上の留意点について」の通達(以下「留意点通達」といいます。)では、「『これに近い時間外労働』については、労働時間がより長ければ労働時間以外の負荷要因による負荷がより小さくとも業務と発症との関連性が強い場合があり、また、労働時間以外の負荷要因による負荷がより大きければ又は多ければ労働時間がより短くとも業務と発症との関連性が強い場合があることから、労働時間以外の負荷要因の状況によって異なるものであり具体的な時間数について一律に示すことは困難である。」としています。
一方で「留意点通達」は、「報告書においては、①長時間労働と脳・心臓疾患の発症等との間に有意性を認めた疫学調査では、長時間労働を『週55時間以上の労働時間』又は『1日11時間以上の労働時間』として調査・解析しており、これが1か月継続した状態としてはおおむね65時間を超える時間外労働の水準が想定されたこと、②支給決定事例において、労働時間に加えて一定の労働時間以外の負荷要因を考慮して認定した事例についてみると、1か月当たりの時間外労働は、おおむね65時間から70時間以上のものが多かったこと、そして、③このような時間外労働に加えて、労働時間以外の負荷要因で一定の強さのものが認められるときには、全体として、労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準と同等の過重負荷と評価し得る場合があることが掲記されている。」としています。
この「留意点通達」を踏まえると、1か月当たりおおむね65時間から70時間を想定しているようです。
●旧認定基準で業務外とされた事案についての、新認定基準による自庁取消
私が担当している、大庄が経営する居酒屋である庄や柏西口店の調理担当の店員が脳内出血を発症(救命)した事案の発症前6か月間の時間外労働は、審査官の認定(労基署長の判断より若干上乗せしています)は、
   期 間    時間外労働時間数  平均時間外労働時間数
 発症前1か月目    87:22         ―
   同 2か月目    63:36       75:29
   同 3か月目    68:47       73:15
   同 4か月目    79:33       74:49
   同 5か月目    56:20       71:07
   同 6か月目    57:44       68:53
と、過労死ラインに至りませんでした。そのため行政段階では業務外とされたため、東京地裁で行政訴訟(業務外とした柏労基署長の判断の取消しを求める訴訟)を提訴し、令和3年12月23日に結審予定でした。
しかし柏労基署長は、令和3年12月6日付けで、新認定基準に基づき、業務外として不支給とした処分を自ら取消し(自庁取消)、療養補償給付について支給決定を下しました(休業補償、障害補償についても支給決定が予定されています)。
前記の審査官の認定した時間は過労死ラインの時間外労働に近い労働時間であるとしたうえ、原告(被災者)の店での勤務は、新認定基準が「労働時間以外の負荷要因」として挙げている不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務が認められるとして、その総合考慮により業務上としたものです。
新認定基準に基づき行政段階や行政訴訟で審理中の事案について厚労省は判断の見直し作業を行っているようですが、厚労省に確認したところ、本件は旧認定基準の下で労基署長が業務外と判断し、不支給決定を下した件につき自庁取消をした最初の事案とのことです。
新認定基準により、救済の門戸がどの程度広がるか、労基署の運用については予断が許せませんが、過労死ラインに達していなくとも、他の負荷要因を総合考慮することにより業務上と判断する救済の門戸が広がったことを示す自庁取消と言えます。

パナソニックの和解合意と、労基署の持ち帰り残業時間否定の不当性

1 パナソニック社員の過労自殺

被災者のA氏は、パナソニックの半導体関連事業の社内分社であるインダストリアルソリューションズ社(IS社)の富山工場(砺波市所在)で、2019年4月より製造部係長から異動し技術部課長代理として勤務していた。
製造部から技術部への異動と、課長代理に昇格し、業務内容・業務量が大きく変化するとともに、基幹職の資格を得るための昇格試験のため、部長や工場長の研修指導を受ける負担も加わっていた。
勤務していた富山工場では、原則20時までには退社することが定められていたが、A氏は社内でやり残した業務は持ち出しが許可されていた携帯パソコンを自宅に持ち帰り作業を行っていた。妻は毎日のように、日によっては早朝まで自宅でパソコンに向かって作業をする被災者の心身の健康を気遣いながら見守っていたが、A氏は2019年10月29日、自宅で過労自殺するに至っている。

 

2 砺波労基署は持ち帰り残業を労働時間として評価しなかった

砺波労基署に労災申請したが、社内のサーバーへのログイン・アウト並びにセキュリティシステムで判明する作業内容から、この持ち帰り残業を労働時間と評価して、社内の労働時間も含めて月100時間以上の時間外労働があるとして、業務上との判断が出ると考えていた。
しかし、同労基署は、仕事量・仕事内容の大きな変化等による心理的負荷は強として業務上と判断したものの、持ち帰り残業については労基法上の労働時間に該当しないとして一切認めなかった。
過労死等の労災認定にあたり、判例は労基法上の労働時間に限定することなく広く認めているものが多い。
しかし、厚労省は過労死等の労災認定にあたっての労働時間は労基法上の労働時間と同義であるとしている。

 

3 労基署が労働時間性を否定した理由

砺波労基署はこの厚労省の考え方を更に限定して、「A氏が使用していたパソコンの操作のログからは、社外に居た時間に昇格試験のための資料作成、会議のための資料作成等の作業を行っていたと思われるファイルへのアクセス記録が認められたが、それが客観的に見て、事業場側の都合によりやむを得ず仕事を持ち帰らなければならない状況が認められない限り、事業場に対する賃金の支払い義務、刑事上の罰則適用が生じうる労基法上の労働時間とまでは言い難い。よって、A氏が自宅で行った作業の時間は労働時間に該当しないと思料する。」とした。

 

4 持ち帰り残業の責任を認めさせたパナソニックとの合意成立

A氏の妻は、労災認定されたものの、日々自宅で深夜に至るまで黙々とパソコン作業をしていた夫の労苦をないがしろにするこのような労基署の認定には納得がいかなかった。
パナソニックとの損害賠償にあたっては、持ち帰り残業を含む長時間労働に対する責任なしには訴訟提訴すると心を決めていた。A氏の遺書の最後の「パナソニックは許さない。マスコミに伝えて」の一言が重かった。
交渉のなかで、パナソニックは、持ち帰り残業を含め労働時間の適正な把握を行う等の改善策を遺族に提示し、IS社の社長らが出席した場での謝罪を行った。そのうえで労基署の判断より一歩進め、「被災者の従事する過大な仕事内容・仕事量、並びに持ち帰り残業を含む長時間労働を是正し、心身の健康を損ねることのないよう注意すべき安全配慮義務があるのにこれを懈怠した結果、被災者がうつ病を発病し本件自殺に至ったことを認め」、持ち帰り残業を含めた責任を認め、解決金を支払う合意が2021年12月6日に成立するに至った。
持ち帰りを含め過労死等の労働時間の認定について、テレワークが一般化しているにも拘らず、厚労省の過労死等の労災認定での労働時間の認定は、企業の認識からも逸脱したものとなっていることの是正が求められる。

 

2021年8月25日 (水)

過労死の新たな認定基準の概要

厚生労働省は、過労死の認定基準の改正についてのパブリックコメントを、本年8月19日までを期限に求めていましたが(パブコメの期間は過ぎていますので、新たにコメントを述べることはできません。)、その際、新認定基準(案)の概要について公表しています。(https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495210144&Mode=0)

 

今回の改正の最も重要な点である「長期間の過重業務」について、
ア 労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準には至らないがこれに近い時間外労働が認められ、これに加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できることを示す。
イ 労働時間以外の負荷要因として、「休日のない連続勤務」、「勤務間インターバルが短い勤務」及び「身体的負荷を伴う業務」を示し、他の負荷要因も整理する。
としています。

 

専門検討会報告書の検討結果を踏まえて、労働時間は「過労死ライン」に至らなくても、労働時間以外の一定の負荷要因が認められるときは、業務と発症との関連性が強いと評価(=業務上)できるとしています。

 

パブリックコメントも終了しているため、本年9月上旬を目途にして、新認定基準を発出する予定としています。

2021年8月20日 (金)

過労死の認定基準の改正の動向 ―過労死ラインに達していなくても、あきらめずに―

1 改正に向けての専門検討会報告書
脳血管疾患もしくは心臓疾患の発症(以下、過労死といいます)について、厚生労働省および人事院等はそれぞれ通達という形で「認定基準」を定めています。
平成13年12月12日に、厚生労働省は「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第1063号労働基準局長通達)という通達を定めていましたが、20年ぶりに専門検討会報告書の医学的知見等を踏まえて、この認定基準は今秋にも改正される予定です。
専門検討会報告書に基づいて、過労死の労災認定の門戸がどのように広がるか考えてみます。

2 過労死ラインの水準に至らなくても、他の負荷要因も総合的に考慮
現行の認定基準は長期間の過重業務について、「発症前1か月間に100時間または2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性は強い」として、この時間外労働が認められれば原則として業務上と判断してきました。この時間外労働の基準は、いわゆる「過労死ライン」と呼ばれています。
この「過労死ライン」の基準は、新認定基準においても妥当とされています。
改正点で最も重要なのは「過労死ライン」の水準には至らないが、これに近い時間外労働が認められるときは、労働時間以外の、
・勤務時間の不規則性
・事業場外における移動を伴う業務
・心理的負荷を伴う業務
・身体的負荷を伴う業務
・作業環境
等の負荷要因も総合的に考慮して、業務上外の判断を行うとしたことです。
改正前の認定基準も、労働時間以外の負荷要因について十分検討することとしていました。しかし、業務上外の判断では「過労死ライン」の水準に至っているか否かが重視され、労働時間以外の負荷要因の範囲は限定され、かつ付加的にしか評価されていませんでした。

3 時間外労働が1か月当たり65時間から70時間以上と他の負荷要因が認められれば「十分留意」
新認定基準では「過労死ライン」の水準には至らないが、これに近い時間外労働が認められるとき」については具体的に定めていません。この点については専門検討会報告書が、「支給決定事例において、労働時間の長さだけでなく一定の拘束時間などの労働時間以外の負荷要因を考慮して認定した事案についてみると、1か月当たりの時間外労働は、1か月当たりおおむね65時間から70時間以上のものが多かったところである。このような時間外労働に加えて、労働時間以外の負荷要因で一定の強さのものが認められるときには、全体として、労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準と同等の過重負荷と評価し得る場合があることに十分留意すべきである。」(49頁)と述べていることが参考になるでしょう。
労働時間以外の負荷要因についての詳しい検討は、次回のブログで述べてみます。

4 過労死ラインに達していなくともあきらめずに
「過労死ライン」に達していないため業務外とされたり、申請をあきらめている方も少なくないと思います。
新認定基準に基づいて労働時間とともにそれ以外の負荷要因を明らかにして業務上の判断に向けて力を尽くしましょう。
・対象疾病として重篤な心不全が加わりました
新認定基準では、認定基準が対象とする虚血性心疾患等に重篤な心不全が加えられました。不整脈や心筋症の基礎疾病を有していても病態が安定しており、直ちに重篤な状態に至るとは考えられない場合において、業務による明らかな過重負荷によって自然経過を超えて重篤な心不全に至った場合も業務上と認定されることになりました。
地公災や人事院の認定基準では、肺塞栓症も過重な業務により生じる対象疾病としていますが、厚労省の新認定基準では、長時間同一姿勢となる機会で多くの症例が報告されているとして、改正前と同様過労死の対象疾病としては認めていません。
長時間同一姿勢を強いられる業務、あるいは業務上の疾病による療養により発症したことが認められれば業務上と認定されるのは当然です。

2021年1月27日 (水)

大学院生の無給医に対する中央労基署長の是正勧告 ―鳥取大学医学部附属病院の無給医の過労運転事故から考える

全国の大学付属病院の大学院生の医師は、一般の勤務医と同様、外来・病棟・手術等の診療行為に従事しているが、それに対する賃金は支払われず、無給医と呼ばれている。
日本医科大学付属病院(東京都文京区所在)の大学院生の医師が、診療業務に従事しているのに賃金が支払われないことについて、中央労基署長に労基法違反として申告した件について、代理人として関与してきた。
令和元年12月に申告がなされて1年余り経過した本年1月20日に、同労基署長から、無給医の労働者性を認めたうえでの、つぎのような内容の是正勧告と指導票による指導が下された。

是正勧告
労基法24条
・大学院生の医師に対して令和元年10月28日から同年11月9日の間の外来診療に対する賃金を支払っていないこと
指導票
・勧告した以外の外来診療についても同様に労基法の時効の2年間に遡って実態調査を行い、その結果確認した労働時間に従って賃金を支払って下さい。
・医師の明確な労働時間管理の確保の観点から令和元年7月1日付け基発0701通達において労働時間該当性が示されているので、これに該当するような研鑽を行うときは労働時間になります。
この通達に基づき大学院生の医師が行っている業務の内容を精査して労働時間に該当する場合は賃金の支払等所要の対応をして下さい。

この是正勧告等が下されたことにつき、申告をした大学院生は、
「診療は労働にあたるという、当たり前の判断がなされてよかったと思います。
大学病院では無給診療は当然という考えが根強くありますが、やり甲斐搾取を前提とした医療など間違っていると思います。教育機関としても社会の規範を遵守し、適切な対応がなされることを願います。」
と、無給医制度の是正に期待しており、その思いは全国の無給医にとって共通であろう。

私はかつて、鳥取大学医学部附属病院の大学院生の医師が、月200時間にも及ぶ時間外勤務の下、前日の朝7時40分から勤務し、夜間も心筋梗塞の患者の緊急手術に徹夜で立会い、そのままアルバイト先の病院に車を運転し向かう途中の国道で、8時55分に過労運転事故で死亡する事件を担当した。
過労運転事故の原因は、鳥取大学医学部附属病院での過重な勤務が原因だとして、鳥取地裁に損害賠償請求を求める裁判だ。
平成21年10月16日に、鳥取地裁はその責任を認める判決を下した。(労働判例997号79頁)
この大学院生の医師も無給医であった。
しかも、大学院生として授業料を払って、「演習」という名目で診療行為に従事していた。
無給であるため、附属病院での無給の長時間勤務に加え、アルバイト先の病院での勤務をいくつもかけもちでしていた。
その過労と直前の24時間以上の断眠の結果の過労運転事故だった。
付属病院では常識だった無給医という、労基法上も社会的にも非常識な制度が、この過労運転事故の原因と言わざるを得ない。
多くの過労死問題に取り組んできたにも拘らず、この事件を担当しながら、無給医問題を意識しなかった。
NHKでこの問題をとりあげたときは、この問題に気づかなかった自分に恥じ入る重いだった。
それが今回の無給医問題に取り組むようになった契機となった。

なお、無給医問題と今回の中央労基署の是正勧告等については、つぎのNHK(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210126/k10012833931000.html)が詳しい。

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2020年10月 8日 (木)

過労死・過労自殺の労働保険審査会で連続して業務上と認められた裁決

過労死等で労基署で業務外とされても、労働局の審査官に審査請求し、更に労働保険審査会に再審査請求をして、再度、再々度の審査を求めることができます。
それでだめでも訴訟で争うことができます。
あきらめないこと、大切な人が仕事で倒れたことの思いを捨てない気持ちを大切にして下さい。

 

過労死・過労自殺について、労働保険審査会でようやく業務上と認められるのは毎年1~2件という狭き門です。
審査会で認められることをあきらめて、業務上と認められることを断念する方も少なくないと思います。
審査会は本来、労基署で業務上と認められなかった事件について、3名の専門的な委員の合議で事件を見直し、再審査による救済を行う、行政から独立した審査機関です。
この数か月の間に、私が担当した過労死と過労自殺の事件で、連続して業務上と判断し、業務外とした労基署長の決定を取り消す裁決を得ることができました。
ラクダが針の穴を通るより難しいと言われている審査会でのこの裁決は、救済機関としての審査会の存在価値を示したものだと思います。
1件は、塾講師が長時間労働、並びに上司から業務上の問題で謝罪文の提出を強要され、その直後に自殺した事件(令和2年7月10日裁決)、
もう1件は、工事現場の工事担当者が長時間労働により過労死した事件(令和2年8月28日裁決)です。
いずれも、労基署長、労働局の審査官では、心理的負荷は「強」でない、発症前2か月ないし6か月間には月当たり80時間の時間外労働はない、として業務外とされた事件です。
あきらめないことの大切さを、代理人の弁護士としても肝に銘じなくてはとの思いを新たにさせてくれた審査会の裁決でした。

 

なお、労働保険審査会の毎年の裁決例で見ることができます。
棄却されている事件が殆どなのでガッカリする思いもあるかも知れませんが、あきらめることなく、是非プロフィールのメールアドレスや携帯電話に連絡して下さい。

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