海外赴任者の過労死・過労自殺の問題点
海外出張、海外出向等、職種を問わず、多くの労働者が海外での勤務に就いており、海外赴任者の過労死・過労自殺の遺族らによる連絡会が結成されています。
海外赴任と過労死・過労自殺の問題点について考えてみます。
第1 海外赴任中の労災保険の適用について
1 労災保険の対象となるか―海外派遣と海外出張の違い
過労死・過労自殺等も含めて、海外赴任者の労災保険の適用の有無について、厚労省の通達は、海外出張者と海外派遣者とを区別して、海外出張者については当然日本の労災保険の保護が与えられるが、海外派遣者は特別加入しなければ保護の対象にならないとしています。その区分については「単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮に従って勤務するのか、海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の指揮に従って勤務することになるのかという点からその勤務の実態を総合的に勘案して判定されるべきものである」(昭和52年3月30日付け基発第192号)。
数年に亘る長期間の赴任でも、本社・支店等、日本の事業場からの指揮命令下で業務を行っている実態があれば、社内的に出張扱いとされず子会社への派遣あるいは赴任とされていても、特別加入することなしに日本の労災補償を受けられるのが原則です。
判例も、中小運送会社の東京営業所に勤務していた社員が、営業所に在籍して中国の子会社に出向し、総経理、代表処首席代表として勤務している際、急性心筋梗塞を発症し過労死した事件につき、東京高裁は平成28年4月27日、出向中も東京営業所の指揮命令の下で業務を行っていた実態に基づき、特別加入していなくとも労災補償を受けられるとの判決を下しています(国・中央労基署長(日本運搬社)事件・労働判例1146号46頁)。
海外赴任先での業務についての指揮命令の実態が重要ですが、その実態は海外派遣者の業務内容により様々であり、労基署の判断も必ずしも厚労省の通達に沿ったものとは言えないことも少なくありません。前記の東京高裁の事案も、労基署や東京地裁判決では、特別加入していなかったとして、労災補償の対象にはならないとされていました。
特別加入する必要があるかどうか判断が困難なケースについては、特別加入するのが海外赴任者の労災補償による保護のためには必要です。
2 特別加入していても、通常の労災補償として請求した方が補償額が高くなるケースも
また、特別加入していても、労災保険上出張と認められれば、特別加入による労災補償(給付基礎日額を決めて加入します)より、通常の労災補償の額の方が上まわることがあります。給付基礎日額を1万円として特別加入していても、月45万円の給与であれば給付基礎日額を1万5000円を基礎にして1.5倍の補償がされることになります。特に過労死のように不払残業代があり、それが給付基礎日額に反映されていないときは、その額も反映されます。特別加入していても通常の労災補償として請求をすることも検討して下さい。
海外赴任中の業務は、心身への負担が重く、過労死・過労自殺に至ることが少なくありません。以下、判例に即して、その労災認定と予防策について検討しましょう。
第2 海外赴任中の脳・心臓疾患による過労死の労災認定
1 中央労基署長(電通)事件・東京地裁平成13年5月30日判決(労働判例813号42頁)
大手広告代理店電通の米国子会社に出向していた被災者A(当時48才)が、東京出張中にくも膜下出血によって死亡した事案です。
発症当時Aは、クリエイティブ業務、営業業務、管理業務全般を遂行しており、推進中の懸案事項は主なものだけで10件を超えていました。
判決は海外赴任中の「Aの就労時間は、従前から、所定労働時間を大きく超え、休日も就労することが少なくなく、昭和63年1月、スペシャルプロジェクト部門に異動してからは、この傾向は、更に強まっていたこと、Aは、本件発症前の1年間で6回の海外出張をし、その日数も、うち3回は30日間、24日間、24日間と長期にわたり、うち1回は業務上の必要性から当初の予定を更に延長したものであったこと、平成元年11月15日からの東京出張に当たっては、極度の睡眠不足と時差ボケの状態で東京に赴いたが、東京出張の期間中は、同月19日(日曜日)午後と体調が悪化した同月23日午後とを除くと、長時間、多数回にわたって業務関係者と面談、会食等を繰り返し、夜間遅くの時間に及んだこともしばしばであったことは、前記認定のとおりである。そして平成元年の1年間で期待された成果が上がらなければスペシャルプロジェクト部門が閉鎖されるというおそれがあり、設定された営業目標の下で、Aが同年11月15日からの東京出張に対して思い詰めた気持ちで臨んでいた」として、くも膜下出血発症の業務起因性を認めています。
2 国・中央労基署長(興国鋼線索)事件・大阪地裁平成19年6月6日判決(労働判例952号64頁)
米国子会社に、特別加入して副社長として出向中にくも膜下出血を発症したことについて業務上外が争われた事案です。
判決は、「Aは、発症前1か月間の90時間に及ぶ時間外労働に加え、8年間もの長期間にわたり恒常的な長時間労働に従事し、発症前2年間は1か月80時間前後の時間外労働が常態化していたと窺われること、唯一の日本人技術者であり、かつ生産・技術部門の副社長として、責任ある立場にあったこと、生産量を維持するために安定した労働力の確保が急務であり、労務管理に腐心していたものの、その成果が上がらず、雇用状況ひいては生産量の改善の見通しが立たないという業務遂行が困難な状態にあったことを総合してみれば、Aが発症前に従事していた業務は、本件疾病の基礎疾患である脳動脈瘤をその自然経過を超えて著しく増悪させ、発症に至らせるほどの過重負荷になるものであったと認めることができる。」として業務上としています。
3 松本労基署長(セイコーエプソン)事件・東京高裁平成20年5月22日判決(労働判例968号59頁)
海外現地法人の技能検定・人材育成等の業務に従事していた当時41才の社員が、帰国後間もなく国内の出張先のホテルでくも膜下出血を発症して過労死した事案です。
発症前6か月間の時間外労働はいずれも1か月当たり30時間未満でしたが、「平成12年11月以降の合計10回、183日間の海外出張の業務は、被災者の従前の海外出張と比較して、出張回数・日数が著しく増加しており、その業務も、海外出張に伴う生活環境の変化の中で、精神的に緊張を伴う業務に従事して疲労が蓄積していった」ことや、発症直前の国内での過重な業務に頭痛をおして従事したとして、業務上と認められています。
第3 海外赴任者の精神障害・自殺の労災認定
1 加古川労基署長(神戸製鋼所)事件・神戸地裁平成8年4月26日判決(労働判例695号31頁)
大学を卒業した年の4月にB社に入社した新入社員Aが、入社した年の12月、期間約2ヵ月の予定でインドのタールサイトへ出張を命じられ業務に従事中、うつ病ないしうつ状態となって、赴任後1ヵ月半後に宿泊したホテルの自室の窓から投身自殺した事件で、海外赴任者のメンタル管理について学ぶべき多くの指摘をしています。
労基署長や判決で業務上と認められた過労自殺の事案をみると、未だ経験が乏しく業務に習熟していない新入社員のものが少なくありません。かつ、意思疎通が困難な海外の地で上司等の支援のない下での業務は過大なストレスを生じやすく、海外赴任にあたっては、しっかりしたサポート体制が必要であることをこの事案は示しています。
①Aは、入社後1年に満たない新入社員であり、かつ研修期間の途中であって、海外勤務は初めてであったこと、②出張先のインドは発展途上国で言語はもとより生活習慣などにも差異があり、ビジネス上の約束履行に対するルーズさも日本とは比較にならない面があったこと、③とくに派遣先のタールサイトは人家が疎らな農村で日本との通信事情も極めて悪く、現地では基本的に先輩社員Cと二人だけであることなどにより、Aが自分で判断して処置しなければならないことが多かったなど、新入社員の初めての海外出張先としてはいささか苛酷なものであったこと、④D社技術指導員の宿舎に関するトラブルは被災者が派遣先において初めて遭遇した難問であり、適切な解決法を見いだせず不安、緊張に満ちた強度の精神的負担を負っていたこと、等による海外赴任中の心理的負荷によりうつ病を発症し自殺に至ったとして業務起因性を認めています。
2 国・八王子労基署長(パシフィックコンサルタンツ)事件・東京地裁平成19年5月24日判決(労働判例945号5頁)
カリブ諸国中、セントヴィンセントおよびグレナディーン諸島国に、単身で赴任・業務従事していた被災者の赴任5か月半後の自殺につき、業務自体の困難性は認められないが、①単身での赴任・業務従事、②在留資格が断続的に喪失する状況での業務従事、③隣国出張中の現地行政担当者からの叱責事件の発生、④業務に関する方針変更、⑤被災者の実労働時間等の、業務による心理的負荷によりうつ病を発症したとして業務起因性を認めています。
3 国・北大阪労基署長(スターライト工業)事件・大阪地裁平成20年5月12日判決(労働判例968号177頁)―弁護団の一員として私も担当した事件です
中国への工場移管プロジェクトにおいて工場建屋の建設計画責任者となり、その後現地法人への出向が決定されたチームリーダー(被災者)が4回目の中国出張後の平成12年9月に自殺した事案です。
判決は、「亡太郎が、本件プロジェクトの担当となり、3回目の海外出張を終えるころまでの間に受けた心理的負荷の強度は」、「本社プロジェクトの設備担当の責任者であった以上、設備関係の中心ともいえる工場建屋の建築が、最初の段階から遅延することにより、本件プロジェクト自体が遅延することについて、亡太郎が、強い心理的負荷を受けていた」、「現地設計事務所は、本件会社から基礎図の提出がないことを理由に設計図面を作成しようとしなかったこと」、並びに「何度も計画が変更し、本件プロジェクト自体が遅延していったこと」並びに担当となったことに加えて、「仕事の質、責任の変化」、「仕事の他律性や強制性」、「中国での職場環境」、「現地法人への出向が告知されたこと」等の出来事による強い心理的負荷によりうつ病を発症し自殺に至ったとしています。
4 国・神戸東労基署長(川崎重工業)事件・神戸地裁平成22年9月3日判決(労働判例1021号70頁)―弁護団の一員として私も担当した事件です
当時、川崎重工業の産機プラント事業部輸送システム部の輸送システムグループのグループ長として、韓国仁川国際空港とソウル市内を結ぶ鉄道システム建設プロジェクトの受注に向けた取り組みをしていた被災者が、うつ病を発症し平成14年に自殺をしたことについての業務上外が争われた事案です。
判決は、「社内で策定されていた輸送システムグループの平成10年以降の受注目標に照らせば、新設された輸送システムグループであっても、設立後すみやかに年間20億円から80億円程度の受注を実現することが期待されていたことが認められる。」と述べたうえ、グループ発足後3年を経ても受注がとれないことにつき、「それがあらかじめ分かっていたとしても、受注設計を行う立場の者にとっては、非常に辛いことであるとされており、受注がないことは、亡太郎にとって強い心理的負荷となっていたばかりでなく、その後、平成13年には役職のない部員全員が輸送システムグループからの異動を希望するほど、輸送システムグループの部員にとっても心理的負荷となっていたものと認められる。」と判断しています。
そのうえで、「判断指針における『ノルマが達成できなかった』出来事に類似するものであること等の事実関係を総合すれば、亡太郎の発症前6か月の労働時間は恒常的な長時間労働には該当しないとしても、亡太郎の業務負担は、相当程度過重であったものと認められるから、亡太郎の業務による心理的負荷は『強』であったものというべきである。」として、うつ病発症の業務起因性を認めたうえ、「亡太郎の自殺は、平成12年12月13日のうつ病発症から1年5か月が経過した時点で発生しているが、本件において、うつ病による希死念慮の他に亡太郎が自殺をするような要因・動悸を認めるに足りる証拠はないから、亡太郎の自殺についても、同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものと評価するのが相当である。」として、自殺の業務起因性を認めています。
第4 海外赴任者の消化器系疾患の労災認定
神戸東労基署長(ゴールドリングジャパン)事件・最高裁三小平成16年9月7日判決(労働判例880号42頁)―私が担当した事件です
被災者は平成元年11月20日から24日まで国内出張を命じられ、1日おいて同26日から12月9日まで12日間、韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、香港に出張、社長、顧客会社の役員らに随行して商談等に従事していました(その間の労働時間は合計144.5時間、1日当たり平均13.1時間、時間外労働62時間、休日労働2日間)が、同月7日商談を終えて香港へ移動中、腹痛を起こし、救急車で病院に搬入され、十二指腸潰瘍の開腹手術を受けたことについて要した治療費について労災保険へ請求した事案です。
神戸地裁、大阪高裁の判決は業務起因性を否定しましたが、最高裁はつぎのように判示して、高裁判決を破棄し、業務上と判断しました。
「本件疾病の発症以前にその基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが、同基礎疾患等が他に発症因子がなくてもその自然の経過によりせん孔を生ずる寸前にまで進行していたみることは困難である。そして、本件疾病を発症するに至るまでの上告人の勤務状況は、4日間にわたって本件国内出張をした後、1日おいただけで、外国人社長と共に、有力な取引先である英国会社との取引拡大のために重要な意義を有する本件海外出張に、英国人顧客に同行し、14日間に6つの国と地域を回る過密な日程に下に、12日間にわたり、休日もなく、連日長時間の勤務を続けたというものであったから、これにより上告人には通常の勤務状況に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負担が掛かっていたものと考えられる。」
第5 海外赴任者の勤務状況の把握と心身の健康管理の重要性
海外赴任者の業務については、その労働時間等の業務実態を適正に把握することは困難です。私が担当した、製造メーカーの技術者がインドネシアに赴任し、帰国後間もなくくも膜下出血で死亡した事案では、出張旅費等の資料のうちに、ホテルと工場の移動に使った運転手付レンタカーの費用明細書に、ホテル出発、帰着の時刻が記載されていたため、それによってようやく長時間労働を立証することができました。
海外での勤務は前述した判例にあるように、海外赴任は期間内に過大な目標やノルマの達成が求められ、国内勤務と比べ様々な心身に対する負荷が生じることは明らかです。業務実態を把握しにくく、社内サポートを得られにくいうえ、現地の顧客、取引先との意思疎通がとりにくく孤立しがちな海外勤務者については、国内勤務者以上にその勤務実態を把握し、業務への支援を行い、心身の健康管理を行う体制を構築することが求められます。また、メンタルに問題を抱えて精神科医の受診を受けたくても、海外ではそれすら困難なことが多く、受診できたとしても、言葉の壁のため問診等で症状を正しく伝えることができないことが多く、治療の機会を得られないまま症状が増悪するケースもあります。
更に、海外赴任者の多くは、国内では管理監督者に該当するとして、労働時間管理がなされていないことが少なくありません。管理監督者であっても、健康面からの労働時間管理を行うことは、国内以上に求められます。
海外赴任者の勤務の特殊性に対応した、その心身の健康確保のための実効性ある社内規程を定めることが必要です。
第6 海外子会社等の出向中の海外赴任者に対する安全配慮義務
使用者には、労働時間や業務内容を適正に把握し、心身の健康を損ねる過重なものとなっていたときはこれを是正すべき安全配慮義務があります。この義務は海外出張中は勿論、出向であったとしても国内の事業場に在籍し、そこからの業務指揮、命令の下で従事している実態があれば同様です。
ですから、海外子会社等に出向して勤務していても、海外子会社からの指揮命令が、国内の親会社の具体的・個別的な指示の下になされている実態があるなどの事情が認められれば、親会社に安全配慮義務の責任が認められる余地があります。海外出向の多くのケースでは、出向先からの業務指示と併行して、国内の出向元(本社)からの指示がなされ、その結果、出向先、出向元の板挟みとなって、長時間労働やストレスの強い業務が生じています。出向先、出向元の双方の責任で、安全配慮義務を尽くす体制をつくることが大切です。
第7 海外赴任者への安全配慮義務を大切に
海外赴任者の業務による心身への負荷が高いことは、前記の各判例も述べるとおりです。国内勤務にも増して心身の健康についての安全配慮義務について留意する必要があります。







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