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2025年9月11日 (木)

公立学校教員の長時間勤務による過労死等の安全配慮義務違反に基づく損害賠償判決の流れ

1 公立学校の教員の過労死等を「美談」に終わらせないために
 公立学校の教員の長時間勤務による過労死等については、遺族や当事者が地方公務員災害補償基金で公務外とされても、行政訴訟を提訴し、過労死等で亡くなった後10年以上の長い争訟を経て、ようやく公務上と認定された事案は多数に及んでいる。
民間では過労死等が業務上と認められれば企業賠償責任訴訟を提訴し、勝訴を重ねるなか、それが企業の過労死等の防止対策の力となり、過労死等防止対策推進法が定められるに至っている。
 これに対し公立学校の教員の過労死等は、公務上認定されることにより生徒の為、教育の為、力を尽くして亡くなった熱血先生の「美談」として語られることで終わってしまっていた。過労死等を生じた責任は問われることなくあいまいにされ、その結果勤務時間の抜本的な是正はされることはなかった。
 給特法の下では、公立学校の教員の時間外勤務は、教材研究であれ、部活動であれ、自主的・自発的勤務であり、管理職の指揮命令に基づくものではないとの教育現場の「常識」が、先生の過労死等の多くを美談のみに終わらせている。しかし、心身の健康の視点からは、給特法の有無に拘らず、長時間勤務等により疲労やストレスが蓄積すると心身の健康を損ねることは、公立学校の教員についても当然の理である。
 民間でそうであったように、公立学校の教員についても、公務上の認定から、学校の設置者であり教員に対する服務監督権限を有する地方公共団体の責任(国家賠償法上の注意義務違反、並びに安全配慮義務違反の責任)の所在とその内容の明確化なくしては、長時間勤務等の過重な業務の抜本的是正に至らない。

2 滑川市立中運動部顧問のE先生の過労死の損害賠償全面勝訴判決
(1)公務上認定後の提訴
 そんな思いから、富山県滑川市立中学校女子ソフトテニス部顧問で42才のE先生のくも膜下出血死の公務上認定を富山県教組の全面的支援により得たのち、提訴を躊躇する奥さん宅に何度も足を運び、滑川市(国賠法1条の服務監督権限者としての責任)と富山県(国賠法3条の費用負担者)を被告とする損害賠償提訴に至った。
(2)強豪校のソフトテニス部顧問の長時間勤務と滑川市の主張
 E先生が平成28年7月22日発症する前の時間外勤務は、ソフトテニスの強豪校として土・日も対外試合が続く連続勤務の下、
   発症前1か月  119:35
   発症前2か月  135:36
   発症前3か月   95:04
と、過労死ラインを大きく超える長時間勤務となっていた。
 被告の滑川市は、時間外勤務は自主的・自発的勤務であり、とりわけ部活動は顧問の自己裁量でなされること(時間外勤務の多くは部活指導時間の事案だった)と主張するとともに、義務教育職員の合計数56万4361人のうち「脳疾患による公務災害の認定率は0.00053%(心疾患を含めても0.00070%)であり、このうち死亡に至った者のみに限れば0.00017%(心疾患を含めても0.00035%)である」との、過労死は統計上極めて稀とする、過労死等の実態を踏まえない主張もなされた。
(3)全面勝訴判決とその直後の滑川市の控訴断念
 富山地裁は令和5年7月5日、原告全面勝訴の判決を下している。
 同判決は、「地方公共団体の設置する中学校の校長は、自己の監督する教員が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ心身の健康を損なうことのないよう、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正すべき義務(安全配慮義務)を負う。」としている。時間外勤務の多くを占めていた部活動については、「Eが本件中学校の教員の地位に基づき、その職責を全うするために行われたものであることは明らかであり、時間外勤務時間数が多くなった背景に、Eの教員としての責任感の強さや部活動指導に対する積極的な姿勢があったとしても、全体としてみれば、同部の顧問としての業務が全くの自主的活動の範疇に属するものであったとはいえない。」と断言している。
 そのうえで、E先生の高血圧等の基礎疾病による素因減額をすることなく、原告請求額のほぼ全額である8300万円余りの賠償の支払いを、滑川市と富山県に命じる判決を下した。滑川市は強硬な訴訟対応をしていたにも拘らず、判決言渡しの3時間後には控訴しないことを明言し、富山県もこれにつづき判決は確定した。
 長時間勤務についての安全配慮義務の判例の確定した流れからするなら、コロンブスの卵と言うまでもなく、当然の判決である。(弁護団は私と福井の海道弁護士)

3 公立学校の教員に対する安全配慮義務を認める判決の流れ
 この判決に先んじて福井地裁は令和元年7月10日、福井県の若狭町立中学校の教員が長時間勤務等による強い心理的負荷により過労自殺した件につき、町と県の賠償責任を認めた判決を下している。公立学校教員の長時間勤務による心身の健康被害について、判例集に登載されたものとしては最初の判決である。
 また、当職が弁護団の1人として加わった大阪府立高校の現職教員である西本武史先生の適応障害発病に対する損害賠償訴訟について、校長の安全配慮義務違反を認め請求金額全額を認容した大阪地裁令和4年6月28日判決、更にはこの判決に触発されて、東大阪市立中学校の同じく現職教員の適応障害についての損害賠償訴訟事件についても大阪地裁は令和6年8月9日に勝訴判決を下している。
長時間勤務等による過労死等につき、地方公共団体(教育委員会)の国家賠償法等の責任を認めた判決をまとめるとつぎのとおりである。

判決年月日 裁判所 被告 病名 賠償認容額 登載判例誌
R元年7月10日 福井地裁 若狭町・福井県 自殺 6537万円 労働判例1216号21頁
R4年6月28日 大阪地裁 大阪府 適応障害 230万円 労働判例1307号17頁
R5年7月5日 富山地裁 滑川市・富山県 くも膜下出血死 8314万円 判例時報2574号72頁
R6年2月14日 水戸地裁下妻支部 古河市 自殺  1億0864万円 判例時報2614号34頁
R6年8月9日 大阪地裁 東大阪市・大阪府 適応障害  220万円   未登載

  「令和5年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、全国の公立学校教職員の精神疾患による病気休職者数は7119人に及ぶとしている。適応障害、うつ病等による多くの休業、休養教員の増加傾向に対する警鐘となる判決である。
 また、私が現在担当している訴訟事件として、福岡市立小学校の教務主任(主幹教諭)であった教員が心疾患で過労死した事件が福岡地裁で係属中である。
 公立学校の教員の過労死等についての地方公共団体の国家賠償法に基づく長時間勤務から生じる心身の健康についての安全配慮義務違反の賠償責任を認める判決の流れはほぼ定着し、教員の過労死等の責任についての「聖域」は消失したと言えよう。

4 代理監督者(履行補助者)としての校長の責任から教育委員会の責任の追及へ
 公立学校の教員の過労死等への賠償責任は、学校設置者であり服務監督権限を有する地方自治体の代理監督者(国家賠償法1条)並びに履行補助者(安全配慮義務)である校長の責任を問うという法的構成がなされている(以下、あわせて安全配慮義務という)。
教育現場の実情を考えるならば、校長のみならず、各学校の長時間勤務を是正監督すべき権限を有する教育委員会の責任を同時に問うことが重要である。
 更には、教育に必要な教員の人員配置が十分なされていないことについての国(文科省)の責任を問うことも、全国的な教員不足の下での長時間勤務を是正するためには不可欠である。
 過労死等についての責任の所在とその内容を訴訟等を通じて明らかにすることは、給特法の抜本的改正に至らなかったことを踏まえて考えあわせれば、教員の長時間勤務等による心身の健康を守り、日本の高い教育水準を確保するためには、より重要さを増している。

5 給特法の下での歪んだ制度から生じる問題点
(1)産業医面接と給特法
 労働安全衛生法66条は、客観的な出退勤記録により把握された「労働時間の状況」による時間外勤務が月80時間を超えた労働者については、「本人の申出」により産業医面接を義務づけている。この点につき文科省通達(平成31年2月12日付け、30初健食第29号)は、地方公務員一般についての総務省通達(平成31年2月12日付け、総行安第3号)を引用して、過労死ライン、即ち超過勤務時間が単月で100時間以上、2~6か月平均で80時間を超えた教員を含む学校職員については「本人の申出」の有無に拘らず産業医面接の対象とするとしている。
しかし、文科省(教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針に係るQ&A)は、公立学校の教員について「労働時間の状況」につき、「校務であったとしても、使用者からの指示に基づかず、所定の勤務時間外にいわゆる『超勤4項目』に該当するもの以外の業務を教師の自発的な判断により行った時間は、労働基準法上の『労働時間』には含まれない」としたうえ、「『超勤4項目』の業務に従事した時間が『労働時間』に当たると考えられ、これをもって『労働時間の状況』に代えることができます。」(問5)としている。
 すなわち、「労働時間の状況」として把握されるのは、給特法の超勤4項目の業務についてのみとしている。超勤4項目のみで時間外勤務が月80時間を超えることはあり得ない。
 その結果、所定勤務時間を超えた「在校時間」が月80時間を超えても、各教育委員会が「要綱」等で定めた「本人の申出」等がなければ産業医面接は実施する必要がないことになり、実態としても実施されていない。このことは、前記東大阪市教員の事件で、東大阪市より提出された所定外の「在校時間」が月80時間を超える教員の一覧により多数いること、それを校長や教育委員会が把握しながら、殆ど産業医面接が実施されていない実態が明らかになった。
 長時間勤務等から生じる心身の健康を守る最後のセーフティーネットは、長時間勤務者や高ストレス者への産業医面接である。「給特法」は岩盤であるべきこのセーフティーネットを失わせている。
(2)充て指導主事と給特法
 市の教育委員会の指導主事が、長時間勤務の下、令和2年に脳内出血で半身マヒの重い後遺障害を残した事案を担当している。
 公務上の認定を得たが、発症前3か月間の平均給与額に基づく補償額の算定にあたり、時間外・休日勤務手当を算入することなくその額が決定された。教育委員会での指導主事の業務内容は、行政職としての業務であるにも拘らず、公立学校の「教諭に補する」として任命されたうえ、直ちに同校を休職となり指導主事に充てられている(いわゆる充て指導主事)。
 一旦、公立学校の教諭に任命(同校での勤務はなし)したことにより、給特法の対象となり、行政職であるにも拘らず、時間外手当等の支給はなされていなかった(条例で行政職として扱い、時間外手当を支給する自治体も少ないがある)。ここにも、給特法により行政機関にまで及ぶ歪みが生じていると言わざるを得ない。

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