甲府市職員の過労自殺についての甲府地裁の原告勝訴判決 (令和6年10月22日)
1 提訴前の甲府市長の意見書の内容
甲府市の42才の事務効率課の職員が、令和2年1月17日午前5時、市役所6階から投身自殺をした。自殺前の職員の勤務状況について、甲府市長は地方公務員災害補償基金に提出した市長意見書においても、
「確認できた在庁時間の内、パソコンが稼働していた時間を全て時間外勤務とみなす場合には、基金が精神疾患等の公務災害の認定を検討する際に用いる次の3つの要件を満たすことになる。
〇発症直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又は発症直前の3週間におおむね120時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合
〇発症直前の連続した2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の、又は発症直前の連続した3か月間に1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合
〇発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合
(「精神疾病等の公務災害の認定について」(平成24年3月16日地基補第61号)より抜粋)」に該当するとしている。
パソコンの稼働時間という客観的な出退勤の記録によれば、職員が認定基準に該当する時間外勤務に従事していたことを自認している。
なお市長意見書では、「パソコンが稼働していた時間を全て時間外勤務とみなす場合」としているが、「正規の勤務時間以外に行った活動の状況」の「活動内容」(業務に関する活動に限る)の欄には、「組織係に係る業務と推定(パソコンの稼働状況から推定)」と日々記載されている。
また、地公災支部長の「超過勤務命令簿への記載されていない状況において、所定勤務時間外を業務と関わりのある活動であったと見なす理由について」との質問に対し、
市長は「被災職員が所定勤務時間外に在庁していたときの活動内容については、被災職員が当該不安を払拭するため、市役所の組織体制を理解し、職種ごとの業務内容及び部署ごとの業務内容を把握するための資料やデータの閲覧等を行っていたと思われたため、これらの活動は業務と関わりのある活動であったとみなすことが相当であると考えました。なお、こうした業務と関わりのある活動については、業務とみなしております。」と回答している。
2 自己申告とパソコンログとの著しい齟齬
しかし、職員の勤務時間の把握は超過勤務命令簿による自己申告でなされていたため、パソコン稼働時間と超過勤務命令簿による自己申告には下記のとおり著しく齟齬が生じている。
パソコンによる時間数 申告による時間数
2019年4月 78:13 18:00
5月 154:58 39:00
6月 186:27 36:00
7月 88:26 21:00
8月 54:02 30:00
9月 95:13 22:00
10月 91:17 21:00
11月 137:11 23:00
12月 196:36 24:00
訴訟では、原告代理人として、この年度に市の基幹部署である事務効率課に配属された困難な業務の下での常軌を逸した長時間勤務を生じさせて、市長、総務部長らによる勤務時間適正把握体制の欠如が職員の過重な長時間勤務を生じさせ、その結果本件自殺が生じたことを追及してきた。
判決は当然のことだが、市長自ら認めていた長時間勤務に基づき、被告の安全配慮義務違反(国家賠償法1条)を認め、過失相殺等の減額事由も認めることなく、原告の勝訴判決を下している。
3 甲府市の勤務時間適正把握体制欠如への言及がなかったことへの原告代理人の思い
しかし、この事件が生じた原因は、市全体の自己申告に基づく勤務時間適正把握体制が構築されていなかったが為に生じたという点につき、判決が殆ど触れていなかったことについて、勝訴したものの原告代理人としての残念な思いはある。
判決はこの事件についての被告の責任を明らかにするだけでなく、過労自殺が生じた原因にまで踏み込んで、再発防止や是正の方向について示唆する役割りも求められるのではないだろうか。
ご遺族は、この判決によって被告の責任が全面的に認められたことへの感謝の思いを述べていたが、原告代理人としては、市としての勤務時間把握体制への、もう一歩踏み込んだ言及が欲しかったとの思いはないものねだりなのだろうか。
いずれにしろ、市長意見書で述べている事実のみで、甲府市の責任は明らかな事件であり、訴訟をまたずに遺族に対し責任を認めるべき事案であったことは明白である。
4 この判決をうけて甲府市としてなすべきことは
被告としてなすべきは、この判決では充分述べられていない。
当時の、そして現在の勤務時間適正把握体制を中心とした職員の勤務時間管理のあり方について、改めて第三者委員会等を設置して検証することが求められる。
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