なぜ、私は教員の過労死等の損害賠償事件に取り組むのか
1 東大阪市立中学の男性教諭が、教育委員会が把握していた時間外勤務時間によっても、月150時間前後の長時間勤務に従事するなか適応障害を発症した件につき、国家賠償法による損害賠償を東大阪市と大阪府を被告にして求めていた事件につき、大阪地裁は220万円の慰謝料等の支払いを認める判決を下した。
2 私が当事者・遺族の代理人として担当した、公立学校の教員が長時間勤務により心身の健康を損ねた件につき損害賠償を認めた事件の勝訴判決は、
①滑川市立中学ソフトテニス部顧問教員の過労死(くも膜下出血)
富山地裁令和5年7月5日判決(確定・判例時報2574号72頁)
②大阪府立高校ラグビー部顧問教員の適応障害発病
大阪地裁令和4年6月28日判決(確定・労働判例1307号17頁)
そして今回の、
③東大阪市立中学野球部顧問教員の適応障害発病
大阪地裁令和6年8月9日判決
と3件になった。
現在、訴訟係属中の事案としては、令和5年8月28日提訴した、福岡市立小学校主幹教諭の急性心臓病死についての損害賠償事件等がある。
3 私は多くの公立学校教員の過労死等の公務上認定に取り組んできた。
しかし、給特法の下、公立学校教員の時間外勤務は、勤務時間として評価されず、自主的・自発的勤務と「整理されてきた」状況の下では、勤務時間は適正に把握されることなく、出勤簿に押印のみという学校が多かった。
公務上認定による補償を受けるためには、遺族らと弁護団の「見えない時間外勤務」を可視化するための多大な努力が求められ、10年以上かけてようやく訴訟で公務上認定されるという状況が続いた。
その苦闘を経て、ようやく認定されたことに職場の校長も含めた教員から「よかったね」との声がかけられ、マスコミからは「熱血先生」の過労死として取り上げられた。
しかし、教育現場やマスコミのそのような受けとめ方に、私は同感しつつも違和感が残らざるを得なかった。
4 過労死問題に取り組みはじめて私は半世紀近くになるが、過労死についての取り組み(それは過労死運動と私は呼んでいるが)は、労災(公災)認定から最高裁電通判決(2000年)を典型とする企業賠償責任、更には過労死等防止対策推進法の成立につながる、認定→責任→予防の流れをつくりあげてきた。
5 しかし、教員については、ラクダが針を通るより難しかった公務上認定に留まり、責任=行政に対する賠償責任追及の手前で、私も含めて足踏みをしたままだった。
過労死運動の流れで学んだことは、労災(公災)認定で終わってしまっては、実効ある職場の長時間勤務の是正や過労死等の予防につながらないということだ。
責任の問題を問うことなしには、勤務時間の是正、予防は実効性あるものにならない。
教員の働き方改革で欠落しているのは責任の問題であると考え、損害賠償請求訴訟による責任の明確化を通じての、日本の高い水準の教育が壊れるか、その教育を支える教員の心身の健康が壊れるか、その二律背反の状況の抜本的な改善を望むことはできない。
何回かに分けて、この問題について考えてみたい。
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