滑川市立中学校教員の過労死についての損害賠償判決
1 公立学校教員の過労死等を「美談」に終わらせないために
公立学校の教員の長時間勤務による過労死等については、地方公務員災害補償基金で公務外とされても、行政訴訟を提訴し、10年以上の長い争訟を経て、ようやく公務上と認定された事案は多数に及んでいる。
民間では過労死等が業務上と認められれば企業賠償責任訴訟を提訴し、勝訴を重ねるなか、それが企業の過労死等の防止対策の力となり、過労死等防止対策推進法が定められるに至っている。
これに対し公立学校の教員の過労死等は、公務上認定されることにより生徒の為、教育の為、力を尽くして亡くなった熱血先生の「美談」として語られることで終わってしまっていた。過労死等を生じた責任は問われることなくあいまいにされ、その結果勤務時間の抜本的な是正はされることはなかった。
給特法の下では、公立学校の教員の時間外勤務は、教材研究であれ、部活動であれ、全く自主的・自発的勤務であり、管理職の措置命令に基づくものであるとの教育現場の「常識」が先生の過労死等を美談に終わらせている。しかし、心身の健康の視点からは、給特法の有無に拘らず、長時間労働等により疲労やストレスが蓄積すると心身の健康を損ねることは当然の法理である。
そんな思いから、富山県滑川市立中学校女子ソフトテニス部顧問で42才のE先生のくも膜下出血死の公務上認定を得たあと、提訴を躊躇する奥さん宅に何度も足を運び、滑川市と富山県(国賠法3条の費用負担者)を被告とする損害賠償提訴に至った。
2 強豪校のソフトテニス部顧問の長時間勤務と滑川市の主張
E先生が2016年7月22日発症する前の時間外労働は、ソフトテニスの強豪校として土・日も対外試合が続く連続勤務の下、
発症前1か月 119:35
発症前2か月 135:36
発症前3か月 95:04
と、過労死ラインを大きく超える長時間勤務となっていた。
被告の滑川市は、時間外勤務は自主的・自発的勤務であり、とりわけ部活動は顧問の自己裁量でなされること(時間外勤務の多くは部活指導時間の事案だった)と主張するとともに、義務教育職員の合計数56万4361人のうち「脳疾患による公務災害の認定率は0.00053%(心疾患を含めても0.00070%)であり、このうち死亡に至った者のみに限れば0.00017%(心疾患を含めても0.00035%)である」との、過労死は統計上極めて稀とさえ主張した。
3 全面勝訴判決とその直後の滑川市の控訴断念
判決は、「地方公共団体の設置する中学校の校長は、自己の監督する教員が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ心身の健康を損なうことのないよう、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正すべき義務(安全配慮義務)を負う。」としている。時間外勤務の多くを占めていた部活動については、「Eが本件中学校の教員の地位に基づき、その職責を全うするために行われたものであることは明らかであり、時間外勤務時間数が多くなった背景に、Eの教員としての責任感の強さや部活動指導に対する積極的な姿勢があったとしても、全体としてみれば、同部の顧問としての業務が全くの自主的活動の範疇に属するものであったとはいえない。」と断言している。
そのうえで、E先生の高血圧等の基礎疾病による素因減額をすることなく、原告請求額のほぼ全額である8300万円余りの賠償の支払いを、滑川市と富山県に命じる判決を下した。滑川市は強硬な訴訟対応をしていたにも拘らず、判決言渡しの3時間後には控訴しないことを明言し、富山県もこれにつづき判決は確定した。
長時間勤務についての安全配慮義務の判例の確定した流れからするなら、コロンブスの卵と言うまでもなく、当然の判決である。
4 公立学校教員の長時間勤務是正の流れをつくる判決
公立学校の教員の長時間勤務による過労死等の事案として、当職が弁護団の1人として加わった大阪府立高校の西本先生の適応障害についての大阪地裁令和4年6月28日判決、並びに福井地裁令和元年7月10日過労自殺判決(労働判例1216号)があり、大阪では現在東大阪市立中学の教員の適応障害についての損害賠償事件が係属中である。
公立学校の教員の過労死等についての責任追及訴訟を通じて長時間勤務の抜本的是正の流れにつなげたい。(弁護団は私と福井の海道弁護士)
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