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2022年1月 4日 (火)

新認定基準の改正とそれに基づく自庁取消し 居酒屋「庄や」柏西口店の調理担当店員の過労死(救命)

●20年ぶりの認定基準の改正
脳血管疾患あるいは心臓疾患の発症(以下、過労死といいます)の業務上外を判断するにつき、厚生労働省は通達という形で「認定基準」を定めています。平成13年12月12日に、厚生労働省は「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第1063号労働基準局長通達)という通達を定めていましたが、20年ぶりに専門検討会報告書の医学的知見等を踏まえて「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(令和3年9月14日基発0914第1号)を新たに定めました。既に労基署に申請中の事案についてもこの認定基準に基づいて業務上外の判断がされることになります。
●旧認定基準の「過労死ライン」は妥当としています
長期間の過重業務の労災認定にあたって労働時間の評価について、旧認定基準は、
① 発症前1~6か月間平均で月45時間以内の時間外労働は、発症との関連性は弱く、月45時間を超えて長くなるほど関連性は強まる
② 発症前1か月間に100時間又は2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性は強い
としてきました。
②の時間外労働は「過労死ライン」と呼ばれていますが、新たな認定基準においても妥当であるとされています。
●「過労死ライン」に達していなくても、労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮
改正点で最も重要なのは「過労死ライン」の水準には至らないが、これに近い時間外労働が認められるときは、労働時間以外の、
・勤務時間の不規則性
・事業場外における移動を伴う業務
・心理的負荷を伴う業務
・身体的負荷を伴う業務
・作業環境
等の負荷要因も総合的に考慮して、業務上外の判断を行うとしたことです。
勤務時間の不規則性のうちには不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務が挙げられていますが、旧認定基準では評価されなかった「交替制勤務がスケジュールどおり実施されている場合や、日常的に深夜勤務を行っている場合であっても、負荷要因として検討し、労働時間の状況等を合わせて評価する必要がある」としている点が重要です。
旧認定基準も、労働時間以外の負荷要因について十分検討することとしていました。しかし、業務上外の判断では「過労死ライン」の水準に至っているか否かが重視され、労働時間以外の負荷要因の範囲は限定され、かつ付加的にしか評価されていませんでした。今回の改正は、過重性の評価にあたり労働時間という量的過重性に偏重することなく、従事していた業務の質的過重性を総合評価するようになったことが、被災者・遺族の救済にとって最も重要な点です。
●「過労死ライン」に達しない事案についても判例の多くは他の負荷要因を総合評価してきました
「過労死ライン」に達していないため業務外とされたり、申請をあきらめていた方も少なくないと思います。しかし、改正前でも裁判所の判例には「過労死ライン」に達していなくても、それに近い時間外労働が認められる事件については、他の負荷要因(質的過重性)を総合評価して業務上と判断したものが少なくありませんでした。
今回の認定基準の改正は、昭和62年(発症前1週間の評価)、平成13年(発症前6か月間の評価)の改正同様、行政の認定基準の狭い門戸により業務外とされた遺族・被災者が、これにめげず訴訟で争い業務上と認めさせてきた判例の集積のなかでなされたものです。
●「これに近い時間外労働とは」
では、新認定基準で過労死が業務上と認められる救済の門戸は大きく広がるのでしょうか。そのカギを握るのは過労死ラインには至らないが、「これに近い時間外労働」とは、どの程度の時間であるかの点です。
新認定基準は具体的な時間外労働を数値では示していません。
しかし、厚労省が認定基準と同時に発出した認定基準の「運用上の留意点について」の通達(以下「留意点通達」といいます。)では、「『これに近い時間外労働』については、労働時間がより長ければ労働時間以外の負荷要因による負荷がより小さくとも業務と発症との関連性が強い場合があり、また、労働時間以外の負荷要因による負荷がより大きければ又は多ければ労働時間がより短くとも業務と発症との関連性が強い場合があることから、労働時間以外の負荷要因の状況によって異なるものであり具体的な時間数について一律に示すことは困難である。」としています。
一方で「留意点通達」は、「報告書においては、①長時間労働と脳・心臓疾患の発症等との間に有意性を認めた疫学調査では、長時間労働を『週55時間以上の労働時間』又は『1日11時間以上の労働時間』として調査・解析しており、これが1か月継続した状態としてはおおむね65時間を超える時間外労働の水準が想定されたこと、②支給決定事例において、労働時間に加えて一定の労働時間以外の負荷要因を考慮して認定した事例についてみると、1か月当たりの時間外労働は、おおむね65時間から70時間以上のものが多かったこと、そして、③このような時間外労働に加えて、労働時間以外の負荷要因で一定の強さのものが認められるときには、全体として、労働時間のみで業務と発症との関連性が強いと認められる水準と同等の過重負荷と評価し得る場合があることが掲記されている。」としています。
この「留意点通達」を踏まえると、1か月当たりおおむね65時間から70時間を想定しているようです。
●旧認定基準で業務外とされた事案についての、新認定基準による自庁取消
私が担当している、大庄が経営する居酒屋である庄や柏西口店の調理担当の店員が脳内出血を発症(救命)した事案の発症前6か月間の時間外労働は、審査官の認定(労基署長の判断より若干上乗せしています)は、
   期 間    時間外労働時間数  平均時間外労働時間数
 発症前1か月目    87:22         ―
   同 2か月目    63:36       75:29
   同 3か月目    68:47       73:15
   同 4か月目    79:33       74:49
   同 5か月目    56:20       71:07
   同 6か月目    57:44       68:53
と、過労死ラインに至りませんでした。そのため行政段階では業務外とされたため、東京地裁で行政訴訟(業務外とした柏労基署長の判断の取消しを求める訴訟)を提訴し、令和3年12月23日に結審予定でした。
しかし柏労基署長は、令和3年12月6日付けで、新認定基準に基づき、業務外として不支給とした処分を自ら取消し(自庁取消)、療養補償給付について支給決定を下しました(休業補償、障害補償についても支給決定が予定されています)。
前記の審査官の認定した時間は過労死ラインの時間外労働に近い労働時間であるとしたうえ、原告(被災者)の店での勤務は、新認定基準が「労働時間以外の負荷要因」として挙げている不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務が認められるとして、その総合考慮により業務上としたものです。
新認定基準に基づき行政段階や行政訴訟で審理中の事案について厚労省は判断の見直し作業を行っているようですが、厚労省に確認したところ、本件は旧認定基準の下で労基署長が業務外と判断し、不支給決定を下した件につき自庁取消をした最初の事案とのことです。
新認定基準により、救済の門戸がどの程度広がるか、労基署の運用については予断が許せませんが、過労死ラインに達していなくとも、他の負荷要因を総合考慮することにより業務上と判断する救済の門戸が広がったことを示す自庁取消と言えます。

パナソニックの和解合意と、労基署の持ち帰り残業時間否定の不当性

1 パナソニック社員の過労自殺

被災者のA氏は、パナソニックの半導体関連事業の社内分社であるインダストリアルソリューションズ社(IS社)の富山工場(砺波市所在)で、2019年4月より製造部係長から異動し技術部課長代理として勤務していた。
製造部から技術部への異動と、課長代理に昇格し、業務内容・業務量が大きく変化するとともに、基幹職の資格を得るための昇格試験のため、部長や工場長の研修指導を受ける負担も加わっていた。
勤務していた富山工場では、原則20時までには退社することが定められていたが、A氏は社内でやり残した業務は持ち出しが許可されていた携帯パソコンを自宅に持ち帰り作業を行っていた。妻は毎日のように、日によっては早朝まで自宅でパソコンに向かって作業をする被災者の心身の健康を気遣いながら見守っていたが、A氏は2019年10月29日、自宅で過労自殺するに至っている。

 

2 砺波労基署は持ち帰り残業を労働時間として評価しなかった

砺波労基署に労災申請したが、社内のサーバーへのログイン・アウト並びにセキュリティシステムで判明する作業内容から、この持ち帰り残業を労働時間と評価して、社内の労働時間も含めて月100時間以上の時間外労働があるとして、業務上との判断が出ると考えていた。
しかし、同労基署は、仕事量・仕事内容の大きな変化等による心理的負荷は強として業務上と判断したものの、持ち帰り残業については労基法上の労働時間に該当しないとして一切認めなかった。
過労死等の労災認定にあたり、判例は労基法上の労働時間に限定することなく広く認めているものが多い。
しかし、厚労省は過労死等の労災認定にあたっての労働時間は労基法上の労働時間と同義であるとしている。

 

3 労基署が労働時間性を否定した理由

砺波労基署はこの厚労省の考え方を更に限定して、「A氏が使用していたパソコンの操作のログからは、社外に居た時間に昇格試験のための資料作成、会議のための資料作成等の作業を行っていたと思われるファイルへのアクセス記録が認められたが、それが客観的に見て、事業場側の都合によりやむを得ず仕事を持ち帰らなければならない状況が認められない限り、事業場に対する賃金の支払い義務、刑事上の罰則適用が生じうる労基法上の労働時間とまでは言い難い。よって、A氏が自宅で行った作業の時間は労働時間に該当しないと思料する。」とした。

 

4 持ち帰り残業の責任を認めさせたパナソニックとの合意成立

A氏の妻は、労災認定されたものの、日々自宅で深夜に至るまで黙々とパソコン作業をしていた夫の労苦をないがしろにするこのような労基署の認定には納得がいかなかった。
パナソニックとの損害賠償にあたっては、持ち帰り残業を含む長時間労働に対する責任なしには訴訟提訴すると心を決めていた。A氏の遺書の最後の「パナソニックは許さない。マスコミに伝えて」の一言が重かった。
交渉のなかで、パナソニックは、持ち帰り残業を含め労働時間の適正な把握を行う等の改善策を遺族に提示し、IS社の社長らが出席した場での謝罪を行った。そのうえで労基署の判断より一歩進め、「被災者の従事する過大な仕事内容・仕事量、並びに持ち帰り残業を含む長時間労働を是正し、心身の健康を損ねることのないよう注意すべき安全配慮義務があるのにこれを懈怠した結果、被災者がうつ病を発病し本件自殺に至ったことを認め」、持ち帰り残業を含めた責任を認め、解決金を支払う合意が2021年12月6日に成立するに至った。
持ち帰りを含め過労死等の労働時間の認定について、テレワークが一般化しているにも拘らず、厚労省の過労死等の労災認定での労働時間の認定は、企業の認識からも逸脱したものとなっていることの是正が求められる。

 

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