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2015年6月23日 (火)

じん肺闘病苦による自殺を業務上と認めた福井地裁判決

<はじめに>
 業務により生じたじん肺、アスベスト肺、更には重いせき髄損傷の闘病苦のなかで精神障害を発病し自殺に至る事案も少なくない。これら業務による闘病苦のなかでの自殺も、闘病苦という精神的「過労」により生じた過労自殺として位置づけることができよう。私が取り組んだじん肺自殺についてまとめてみた。
 
<第1 じん肺闘病苦による自殺>

 じん肺は不可逆的、進行性の疾病であり、ついには肺機能が低下し、死に至る不治の病である。それに罹病した患者は日々迫り来る死に対する不安感、絶望感という重い心理的負荷を受けている。
 本件で医学的意見書を作成したM医師によれば、「人間は母親の胎内から生み出された瞬間から呼吸を開始し、呼吸とともに成長してゆくと言っても過言ではないといえる。“呼吸”という人間の存在に必須の行為がおびやかされた時、人間は存在を危うくさせる病気の存在におののき、激しい恐怖を抱く。24時間絶えず続く呼吸に障害を持つということは、人間存在が危ういことの象徴であり、その状態が長く続けばストレス状態となって体調の不調や精神的な落ち込み、抑うつ状態を招いてもなんら不思議ではない。すなわち呼吸に不具合があると絶えず死と隣り合わせの感情を持ち、生きる希望、将来への絶望感、孤独、悲哀感をもつことは塵肺のみならず肺気腫、喘息などの慢性呼吸器疾患の患者さんにはごく通常に認められる現象である。」としている。
 全国じん肺患者同盟は昭和58年にじん肺患者の自殺についての調査を行っている。調査対象支部66支部中回答のあった58支部からの回答では45人の自殺者があった(じん肺患者同盟としての調査であり、全ての患者を調査すれば、これに数倍する自殺者があったと考えられよう)。
 じん肺患者同盟の報告書には、「自殺する原因は、人間であるから生活環境によっていろいろ有りますが、根本的な原因は『じん肺症』にある。病苦、家庭破壊等々の諸条件により精神病になってしまうため、自殺という不幸な事態までになってしまうのであると考えられる。例えば、誰しもが『セキやタンが続いて出て苦しいとき、こんなに苦しいものか』また『治ることなく、いつ死ぬのか』などと考えることがあるものである。これも瞬間的に一種の精神病である。すべてがじん肺症のなせる業であるから、当然原因がどうあろうとも業務上に扱うべきであり、扱わせなくてはならない」と述べている。

<第2 本件じん肺自殺の概要>
1 昭和59年7月のじん肺診断
 本件の被災者は、昭和28年から同46年までの約18年間に亘り、坑夫あるいは土工として全国各地の隧道工事に従事してきた。
 昭和59年7月2日に福井赤十字病院で健康診断を受けた際じん肺と診断されている。被災者はじん肺法に基づく管理区分の申請を行ない、福井労働基準局長よりじん肺管理区分3イの通知を受けている。
 被災者は平成4年には管理区分4と決定され、労災保険の療養並びに休業補償給付を受給し、同5年12月から傷病補償年金に移行していた。

2 心気障害発症当時の症状の増悪
 被災者はじん肺闘病苦のなか平成3年12月ころには心気障害、平成6年5月ころにはうつ病エピソードを発病するに至っている。
 心気障害を発症したころである平成3年6月14日(福井赤十字病院)と平成4年5月26日(京都工場保健会診療所)にじん肺健康診断を行っているが、そのころじん肺の症状は急激に増悪していた。
 即ち、胸部エックス線写真による検査では、粒状影区分が2/3から3/3に増悪している。また、肺機能検査における%肺活量は98.5%から50.2%と急激な増悪をしている。%肺活量が60%を下まわると高度の拘束性換気障害である。呼吸困難についてもⅡからⅢへと悪化している。

3 うつ病エピソード発病当時の症状の急変
 うつ病エピソードを発病した前後である平成5年11月29日(京都工場保健会診療所)と同6年9月29日(同)にじん肺健康診断を受けている。
 平成5年11月29日には合併症としては肺気腫(em)のみであったが、同6年9月29日には気腫性肺のう胞(bu)が加わっている。
 %肺活量についても53.6%から44.9%に悪化している。既に高度の拘束性換気障害が肺機能について生じていたうえに、10%近い%肺活量の減少は、被災者の呼吸困難の苦痛を更に重いものにしていたものである。
 また、肺機能検査についてのつぎの各検査値も明らかに悪化している。
 

Photo

   
 平成6年9月29日のじん肺健康診断で健診をした医師は、「胸部X線上のじん肺像は著明にして、一部融合し、大陰影を形成しつつあり。昨年に比べて咳、痰多く、息切れ強くなっている。体力の衰え著明、気腫化も著しい」と記載している。
 それまではじん肺健康診断の「日常生活の状況」について特記事項はなかったが、平成5年11月29日並びに平成6年9月29日の健診時にはいずれも、
・平地をゆっくりした速度でなら1キロ程度以上歩くことができる
・盆栽の手入れをしたり、草花を育てたりするごく軽い趣味程度の仕事を1時間程度続けることができる
・座ってテレビを見たり、新聞を読んだり、字を書いたりすることを1時間程度以上続けることができる
などさえできなくなるほど身体状況も悪化している。

4 自殺前の症状
 被災者は平成10年5月31日、入院中の病院から一時退院した際、自宅において縊頚により自殺したが、自殺前においてもじん肺の症状の急激な増悪が生じている。
・じん肺診断書におけるX線写真の所見
 平成10年2月5日付のじん肺診断書によれば、粒状影の大きさはそれまでの「q」から「r」に増大している。
 「q」は粒の大きさが1.5mmから3mmであるが、「r」は3mmから10mmであり、その増悪は明らかである。他覚所見としてばち状指の出現や「両肺に散発」する副雑音が生じている。
・呼吸困難の程度
 呼吸困難度は従前どおりⅣと重く「歩行時喘鳴あり、息切高度」となっており、肺機能も%肺活量が平成9年9月26日のじん肺診断書では47.2%であったのが29.3%と高度な換気機能障害の値を示すなど増悪している。
・体重の減少
 更に、平成9年7月には54kgであった体重は急激に減少し、本件自殺前の平成10年5月28日には41kgとなっている。
・続発症、合併症
 本件自殺前には続発性気管支炎等が合併症として生じ、咳や痰の症状が増悪している。
 平成10年2月5日付のじん肺診断書には、胸部CT、胸部断層(レントゲン写真)によれば、「続発性気管支炎の症状及び気管支拡張、肺気腫、肺のう胞、肺尖部右側に小空洞像が視られます」と記載されている。
 同診断書には、平成10年1月29日には粘濃性の痰が「朝1時間20ml、1日総量55ml」、同年2月4日には「朝1時間18ml」とあり、「粘濃性喀痰多量」と記載されている。
 I医師の平成10年10月16日付けじん肺意見書にも、「痰の性状と量とを添付された資料から読むかぎり、続発性気管支炎の合併があったと考えられる」と、じん肺による続発性気管支炎の合併を認めている。
 このように、本件自殺前には被災者のじん肺並びにその合併症の増悪は明らかに認められていた。

5 判決の闘病苦による心理的負荷の判断
 判決はじん肺闘病中の被災者の心理的負荷につき、
「昭和59年頃以降のじん肺による胸部痛(平成2年6月頃までは上記のとおり認められるところ、その後についてもこれが解消されたことを窺わせる証拠はなく継続していたものと推認される。)、昭和62年6月頃以降続くせき及びたん(気道の慢性炎症性変化に係る自覚症状)、さらに呼吸機能の悪化(平成5年頃には50m以上歩くのに一休みしなければ歩けない者と判定され、以降これが続いた。)などの身体症状により、継続的で終わることがないばかりか次第に増大する身体的な苦痛を平成6年5月頃までの約10年間感じ続けるとともに、じん肺の病状の進行、すなわち死に近づきつつあるという不安や死の恐怖を具体的・現実的に認識するようになっていったということができる。
 特に、平成5年11月29日頃の健康診断において、被災者は、体力の衰え著明と診断され、同人自身、『臥床していても息切れ』があることを訴えていたこと、平成6年9月29日頃の健康診断では『昨年に比べ「せき」「たん」多く(中略)なっている。』とされていたことなどからすると、平成5年から平成6年にかけては、増えてきたせきやたんそれ自体による苦しみや、体を休めるために寝ていても息切れがするという苦しみとを感じるとともに、これらの身体症状から推測される病状の悪化を認識せざるを得ない状況にあり、こうした認識によって、自らの療養介護にあたってくれている者に負担をかけ続けながら、解放されることのない苦しみに耐え、死の恐怖におびえながら生きていかなければならないという自らの置かれた状況について深く自覚することになったと考えられる。」
と述べている。

<第3 じん肺闘病苦についての業務上の判断基準>
1 業務により精神障害を発症していれば、自殺も業務上と判断される
 「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(基発第544号、平成11年9月14日。以下、判断指針という。※判断指針は平成23年12月26日基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準」に改正されているが、じん肺については変更なし)は、精神障害・自殺についての厚生労働省が定めた認定基準である。
 判断基準が定められる前は、自殺は労災保険法が補償の対象としていない故意による行為であるから、原則として業務外とされてきた。
 しかし判断指針は、「業務によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害された状態で自殺が行なわれたものと推定し、原則として業務起因性が認められる。」と定め、自殺前に業務により精神障害を発症したことが認められるときは、業務上として補償の対象とされることになった。

2 判断指針が定められる前の判決
 判断指針が定められる前においてじん肺患者の療養中の自殺につき佐伯労基署長(けい肺・自殺)事件がある。本件と同様、じん肺管理区分4と決定され長期療養していた労働者が、病苦及び将来への絶望から自殺した事案があった。
 大分地裁は自殺を業務上と判断したが、福岡高裁は業務外として地裁判決を取り消し、最高裁も遺族側の上告を棄却し、高裁判決を維持した。
 高裁判決は、労災保険法12条の2の2第1項が「故意による死亡」の場合には保険給付を行なわないとしている趣旨につき、「同条項を『因果関係の中断規定』であると捉えたうえで、その点を踏まえながら(中略)相当因果関係の有無を判断するのが相当であり、したがって『故意(自由意思)』の介在を排除し得るような特別の事情、あるいはそれほどまでに明確かつ強度の因果関係が認められる場合に、初めて相当因果関係があるものとすることができる」と判示している。

<第4 じん肺闘病苦による心理的負荷と精神障害発症との関係>
1 判断指針の闘病苦についての認定基準
 判断指針は、じん肺患者も含めて業務上の傷病により6か月を超えて療養中の者に発病した精神障害・自殺については、「業務上の傷病によりおおむね6か月を超える期間にわたって療養中の者に発病した精神障害については、病状が急変し極度の苦痛を伴った場合など上記イ(=心理的負荷が極度のもの)に準ずる程度のものと認められるもの」については業務上と判断するとしている。
 しかし、じん肺は徐々に不可逆性の病状が進行し、肺機能が低下するなか呼吸障害等の苦痛が日常的に生じ、やがて死に至る病である。じん肺闘病による心理的負荷は、日々慢性的に生じ、その病状の進行とともにその負荷が強まるなか精神障害を発症し、更に病状が増悪し、闘病苦と死への不安が強まるなか、精神障害が増悪し、その希死念慮により自殺に至るものである。病状の増悪による心理的負荷の増悪とともに、精神障害の発症、増悪が進行する緩慢な一連の過程をたどることになる。
 判断指針の基本的立場は、職場における発症前おおむね6ヵ月間に生じたライフイベントによる心理的負荷を「職場における心理的負荷評価表」に基づき評価し、その総合評価が「強」と認められるときは、個体側要因として顕著な問題が認められない限り業務上と判断するとしている。「判断指針」は、職場におけるライフイベント、即ち職場において通常おこり得る多種多様な出来事による心理的負荷についての業務上外の判断基準として位置づけられている。

2 闘病苦という慢性ストレスの特質を無視した認定基準
 「職場における心理的負荷評価表」に「具体的出来事」として列挙されたライフイベントは、いずれも一過性の出来事である。「職場以外の心理的負荷評価表」に記載された出来事についても同様である。じん肺闘病苦についても発症前6ヵ月間に「病状が急変し、極度の苦痛」が生じたことを業務上判断の要件とすることは、じん肺闘病という数年あるいは数十年にも及ぶことのある持続的かつ、病状の進行とともに通常は緩徐に増悪する長期間に亘る心理的負荷を対象とする基準とはなり得ない。
 原告は、じん肺闘病苦の特質に基づき、
「じん肺闘病苦による心理的負荷は『判断指針』が予定している職場における一過性の出来事による心理的負荷ではなく、持続的・慢性的な呼吸苦並びに不可逆性の死に一歩一歩近づく疾患であることから生じる重い継続的な心理的負荷である。
 呼吸は人間にとって最も重要かつ基礎的な生理活動であり、一瞬たりともそれを停止することはできない。その呼吸が困難となるじん肺の典型的な症状は、被災者に長期間に亘る持続的・慢性的な心理的負荷をもたらすこと縷述を要しない。
 同時に不可逆性、進行性というじん肺の疾病としての特性は、その呼吸苦が改善されることはなく、時が経過するに従って増悪するしかなく、増悪の結果は死に至らざるを得ないという重い心理的負荷をもたらすものである。
 このようなじん肺闘病苦の持続的、慢性的かつ不可逆性、進行性という特性に基づく心理的負荷を考えるにあたっては、じん肺発症から精神障害発症、そして自殺に至るまでの長期間の一連の過程を総合的に判断して、その業務起因性の有無を認定すべきである。
 『判断指針』の職場における出来事による急性ストレスを基準とする出来事主義ともいうべき考え方に固執して、精神障害発症前にじん肺の急激な症状の増悪があったことを業務上判断の基準とすることは、じん肺闘病苦による心理的負荷の実態を無視するに等しいものである。」
と、判断指針の急性ストレスを念頭に置いたライフイベント主義(出来事主義)の考え方を批判し、それに対抗する、死に至る病の闘病苦から生じる慢性の持続的ストレスにおける認定のあり方を主張した。
 判決は、平成6年5月ころに被災者が発病したうつ病エピソードが業務上の事由によるものとしている。
 このころに判断指針の求める「病状の急変」が生じたことは既述のとおりであり、本件は判断指針によっても業務上と判断されて然るべき事案であり、その点の立証も原告は尽くしてきたことは言うまでもない。

3 本判決が示した認定の考え方
 判決はじん肺闘病苦における自殺の認定の考え方について、
「業務上疾病であるじん肺により療養中の者に発症した精神障害については、上記(1)に則り、ストレス(じん肺の病状やその療養による心理的負荷を含む業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、じん肺の病状やその療養による心理的負荷を含む業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合には当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。
 なお、被告は、精神障害の発症前おおむね6か月間において、じん肺の病状が急変し、極度の苦痛を伴った場合など、じん肺の病状による心理的負荷が極度のものに準ずるものと認められることを要すると主張するが、ア)じん肺の病変は一般に不可逆性のものであり、その進行は緩やかである、イ)じん肺自体又はその合併症により死亡することがある、ウ)呼吸困難、せき及びたんの自覚症状があるというじん肺の特徴等に鑑みると、精神障害の発症前おおむね6か月間において病状の急変や極度の苦痛発生がないことをもって業務起因性を否定するのは相当ではなく、上記のとおり判断するのが相当である。」
と判示している。
 判断指針の考え方は、じん肺の症状並びにその闘病苦による心理的負荷の特質からして相当ではなく、ほぼ原告の考え方に沿った基準をもって判断すべきとしている。

<第5 医学的な争点>
 判断指針の「発症前6ヵ月間」に「病状が急変し極度の苦痛を伴った」ときのみ業務上とする考え方によらず、判決の示した考え方に基づいて被災者のうつ病エピソード発症前におけるじん肺闘病苦による心理的負荷を評価すれば、その強度はうつ病エピソード等精神障害を発症するおそれのあるものであったとの結論に至るのは当然の帰結と言えよう。
 被告の国(労基署長)は、被災者のじん肺の成因等についての医学的論点の主張を加えてきた。その中心的な論点は、被災者のじん肺の症状のうち呼吸困難の要因となっている肺気腫は、喫煙習慣によって生じたものかどうかとの点であった。喫煙によるCOPDが社会的問題となっていることに便乗した国の主張であった。
 なお、自殺の事件について業務の過重性と発症との相当因果関係が争いになることが多い。
 しかし、訴訟上の相当因果関係の証明は自然科学的な証明ではなく、医学的知見を踏まえつつも経験則に基づく高度の蓋然性の有無についての証明であると最高裁の判例等でされている。
 本件では、国はこの点の医学論争に力を入れ、原告もじん肺に詳しいM医師の全面的な協力の下反論した。これらの経過は判決では詳細には述べられていないが、判決はこの論点を回避あるいは軽視したものではなく、双方の医学的知見に基づく経験則に基づく高度の蓋然性の有無を判断した結果であることに留意されたい。
 国の、肺気腫は喫煙習慣によって生じたものとの主張に対し、判決は、「被告は、被災者の肺機能の低下は長期間のタバコ喫煙による肺気腫に起因するものであって、少なくともじん肺の病状の悪化のみによるものとはいえないと主張する。
 しかしながら、じん肺法4条2項は、じん肺により肺機能の障害が生じることを前提としており、被告もこのこと自体を争うものではないところ、じん肺による肺機能の障害とタバコ喫煙による肺気腫に起因する肺機能の低下との関係は明らかではないといわざるを得ず、タバコ喫煙による肺気腫により肺機能が低下する事実、及び被災者が長期間タバコを喫煙していた事実があるとしても」被災者の肺機能障害の悪化はじん肺によって生じ、著しい障害がある状態に至ったと判示している。
 医学的論点は、胸痛がじん肺によるものかどうか、じん肺健診結果の値の信頼性の有無、自殺直前に生じた誤嚥事故の原因、更には心気障害とうつ病エピソード発症との関係など多岐に及んでいた。
 判決は、「平成4,5年頃から平成6年5月頃までに、被災者がじん肺の病状やその療養により受けていた心理的負荷は、相当程度に過重であったと認められる。」としたうえ、うつ病エピソード発症前に心気障害を発症していたという等の個体側要因が認められるとしても業務起因性を肯定するのが相当であると結論している。

<第6 結論>
 本件判決に対し、国は控訴を断念し、じん肺自殺について全国で初めての確定判決となった。原告である被災者の妻が労基署長に遺族補償の支給請求をして10年後の判決であった。妻は勝訴の報を病床で聞いたのち、まもなく亡くなった。この判決の後、アスベスト肺の闘病苦のなかでの自殺についても取り組み、岡山地裁で平成24年9月26日に業務上と認める判決を得ている。
 また、じん肺、アスベスト肺、更にはせき髄損傷等の闘病苦での慢性ストレスによる精神障害・自殺についての認定を広げる意義ある判決と考えている。

2015年6月 9日 (火)

過労死問題を「大河内理論」から考える

「社会政策とは総資本による一定の量と質を持った労働力を確保するための政策である。」
社会政策の泰斗であり東大総長であった故大河内一男氏の、社会政策理論の主柱となる考え方だ。東大の卒業式であったと記憶しているが、「太ったブタよりは、痩せたソクラテスとなれ」と学生に訓示したことも昔の方なら覚えているかも知れない。

過労死問題を考えるとき、この「大河内理論」が重なってくる。最高裁電通過労自殺判決は「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」と、今から15年前において言い切っている。個々の会社(=個別資本)による利益を最大化するために、労働者を長時間労働等過重な業務に従事させ、その心身を損ねるような状況が労働現場において生じていることに対し、最高裁という司法権力のトップが総資本の立場からレッドカードを突きつけた判決と言うことができないだろうか。

心身を損ね過労死が生じるような状況は、本来は労使合意のなかで適正な労働時間が形成されることによって回避されるのが当然だし、労基法も三六協定はそれを期待している。
しかし、労使合意の下での三六協定の多くは、過労死ラインである月80時間以上の時間外労働を容認したものとなっている。また、労働時間を適正に把握されないまま、労働現場では企業規模の大小を問わず労働者の心身の健康が損なわれる状況、即ち「一定の量と質の労働力を確保する」ことさえ困難な過重な長時間労働がはびこっている。「我が亡き後に洪水よ来たれ」との状況と言っても過言でない。このような状況に対する、総労働のみならず総資本の規制力が失われたことへの危機感を、この最高裁判決から読みとるのは穿ちすぎだろうか。

労働者そして労働組合の要求は、「心身の健康を損ねる」ことの防止に止まってはならない。メーデーの起源は「8時間は労働に、8時間は休息に、そしてあとの8時間は我らの自由のために」という要求から生じている。
8時間労働を原則とし、8時間の休息により心身の健康を確保し、更に8時間の自由な時間のなかで、家庭や地域での生活、人として主権者としての文化的、政治的考察、行動をする、それが労働者としての要求であり、世界のそして日本の労働運動はそれを目指してきたはずだし、労基法もその考えに立脚したものである。

私が司法試験を受験したとき、教養の受験科目があり、経済学部出身ということもあって「社会政策」を受験し「大河内理論」を学んだ。

過労死問題を考えるとき、この理論の意味を考えるとともに、これを乗り越える運動が今求められている。

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