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2015年4月 2日 (木)

さまざまの事思ひ出す桜かな

芭蕉の句に惹かれる思いで、近鉄大和高田駅から奈良地裁葛城支部までの高田川沿いの桜並木を春の暖かい光に包まれて歩く。ほぼ満開に咲き誇るソメイヨシノと、ゆったりと流れる川面にたわむれる鯉を賞でつつ。

高田川のほとりの葛城労基署は、1988年4月に大阪過労死問題連絡会が全国で初めての過労死110番を実施したとき、まっ先に奥さんが電話相談してきた、旧椿本精工班長で、年間4000時間という長時間労働のなか過労死した故平岡悟さんが労災認定を受けた労基署だ。
当時高校生だった息子さんが「お父さんは労働組合のある職場で働きたいと会社に入社した。しかし、労働組合が死んでいたのが悔しい」と申請時に陳述した。「死んだ労働組合」この言葉の重さが、私を「過労死弁護士」への道を歩み出させた一言だった。

奈良地裁葛城支部は、私も原告の代理人として、ホテルの支配人が重い責任と長時間労働のなかで過労自殺した事件の損害賠償訴訟が争われた裁判所だ。
会社の謝罪も含めて勝訴の内容の和解が成立したあと、遺族の奥さんと弁護団や支援者と共に、今回と同じように桜が満開の高田川をそぞろ歩いたことが、ほんの少し前の出来事のように思い出された。しかし、良き解決を喜び合った川沿いの小さな喫茶店は閉店し、荒れたままになっていることが時の移ろいに気づかせてくれた。

悲しい出来事、しかしそれにめげずに立ち向かう遺族の心に春の光がさしこみますように、あわただしい仕事のなか、たまに訪れたうららかな時のなかでそう思わざるを得ない。

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