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2015年4月23日 (木)

喘息死の過労死としての労災認定(1)
救命機会の喪失のケース

過労死問題は、狭い意味では厚生労働省の認定基準の対象となっている脳血管疾患並びに虚血性心疾患という循環器系の疾病である。しかし、過労による労働者の重篤な疾病は、神経症から自殺に至る神経系疾患、胃潰瘍等の消化器系疾患、更に気管支喘息等の呼吸器系疾患としても生ずる。

喘息死の過労死問題は、
Ⅰ 長時間労働等過重な業務により、喘息の症状が悪化し喘息死したケース
Ⅱ 喘息の症状が悪化したのに、業務のため治療・休養ができず喘息死したケース
がある。
今回は、私が担当したⅡのケースについて述べてみよう。

Oさんは、路線バス乗務中に喘息発作を起こし死亡した。
死亡に至るまでの概略は次の通りであった。
Oさんは、基礎疾病として気管支喘息の持病を有していた。しかし、看護師である奥さんともども、その治療に努め、月1回の通院を欠かさず、その症状は比較的安定していた。
しかし、その年の10月以降、従前にも増して長時間の勤務が続くようになった。拘束時間(通達により1日の限度は16時間と定められている。)が16時間を超過する日が10月は5日、11月は2日、12月は2日あり、また休憩時間も取ることが難しい勤務となっており、取れても細切れの短い時間しか取れなかった。しかも勤務時間は、その日によって異なった変則的なものであった。
10月以降のしんどい勤務のなかで喘息の症状は悪化していき、12月に入って寒さが厳しくなることもあって、顔色はどす黒く、喀痰や喘鳴もひどくなっていった。
しかし乗務を休むことはせず、翌年元旦、1月2日も勤務を続けた。公共交通機関の運転手としての責任感からである。2日の夜、Oさんは喘息の重い発作を起こし、殆ど寝ることもできず、布団の上に座った姿勢でようやく呼吸(起座呼吸)ができる状態となった。
それでも翌朝Oさんは、勤務のため早朝自宅を出て営業所に向かった。看護師である奥さんはその身を案じ、休むようにと言ったが、責任感の強いOさんは予備要員が営業所にはおらず、正月では他の運転手に代替を頼むことができないまま、重い症状をおして勤務に出たのである。
奥さんは夫の症状が重いため、心配の余り夫に代わって行きつけの病院にかけこみ、発作を抑える薬をもらってきている。
しかし、その日の昼にバス乗務中、Oさんは発作を起こし死亡するに至っている。

労基署長はOさんの喘息死を業務上と認め、遺族補償年金等の支給決定を下した。その理由は次の通りである。

① Oさんの死因は急性心不全と認めるが、その原因となった疾病は特定できない。(喘息発作であるかどうかは明らかでない。)
② 本件は9号該当(その他業務に起因することが明らかな疾病)として業務上認定した。
③ 業務上と判断したのは、適切な時機の治療機会がなされないまま勤務を継続し、そのため発症したと認められるからである。
④ 具体的には前夜の重い症状が生じたのだから、当日の勤務をやめて治療を受けるべきであったが、正月で代替を依頼しにくい特異的な環境下にあり、かつ公共交通機関の運転の業務のため、体の不調をおして勤務についた。そのため治療の機会を得られず、かつ発症後もすみやかな病院での受診を受けることができなかったことである。

このように本件決定は、喘息死につき症状が悪化したにも拘らず、体の不調をおして勤務に就かざるを得なかったことを認め、業務による治療機会の喪失との理由で業務上としたものである。

Ⅰの過重業務により喘息死したケースについて、厚生労働省は認定基準を定めていないが、業務上とする判例が多く下されている。つぎのブログで述べよう。

2015年4月16日 (木)

長崎大学職員の過労自殺を業務上と認めた判決
―過労自殺事件における発病の時期の重要性―

私が職員の遺族(妻)の代理人として担当した、長崎地方裁判所で過労自殺の業務上外を争った事件で、裁判所は業務上と判断し、業務外とした労基署長の処分を取り消しました。

労基署長は、被災者は平成21年1月に風邪の様な症状が生じたことをうつ病エピソードの初発症状であるとして、それ以前には業務による心理的負荷を与える出来事は前年7月の異動しかないとして業務外とし、訴訟でもその旨の医師の意見書等を提出して立証しようとしました。

確かに発病の時期を平成21年1月とすると、それ以前には異動とそれによる業務の困難さは認められるものの、強い心理的負荷が認められる出来事はありません。
しかし、2月から自殺に至る4月までの間には、月100時間を超える時間外労働や、仕事のうえでの上司の叱責等、ストレスのかかる多くの出来事が認められる事案でした。

訴訟では、発病した時期が、被告である国の主張する1月であるのか4月であるのかが争点となり、判決は3月下旬から4月までとしました。裁判所は証人調べをすることなく、労基署の調査した結果に基づき、またその間にはうつ病を発病する強い心理的負荷の生じる出来事があったとして業務上とし、労基署長の判断を取り消しました。

発病の時期を1月から4月とすることで業務上とした、コロンブスの卵(立証は決して容易ではありませんでしたが)の如き判決ですが、精神障害・自殺の労災認定での発病の時期の重要性を明らかにした判決です。

2015年4月10日 (金)

私が過労死専門弁護士になったわけ

依頼者から「若い先生ですねー」と不安気に見られながら弁護士の仕事を始めて40年、夫となり父となったこと以外、私生活上もさしたる波乱もなく年月は過ぎ去った感がある。

仕事は、隣の犬が自分に庭に入り込んで困るからと、犬の係留仮処分申立てをすることに始まり、世の中の大小を問わず、あらゆる事件を断ることなく受任してきた。

仕事の区切りをつけたのは還暦のとき、自分のハートに最も近い事件、やりがいのある事件と考え、過労死・過労自殺の事件のみしかやらないとワガママな決意をした。

私の生れは東京・新宿、商店街にある小さな米屋のせがれとして育ち、近所には中卒で集団就職し、汗水たらして働いている若者(自分も若者だったが)がいた。商店街の若者でサークルをつくり、フォークダンスをしたとき、漬物屋で働いていた女の子のヒビ割れた手に触れたとき、働くことの尊さが伝わってきた。この事件のみとの決意をさせたのはそんな思いかもしれない。

大切な人を失い涙にくれるばかりだった遺族が、労災認定の声をあげ、会社の責任追及に立ち上がり、国に対し過労死防止基本法の制定をするまでに至っている。

過労死・過労自殺あるところどこへでも飛んでいく、フーテンの寅さんの如き東奔西走の仕事に、妻からはもういいかげんにしたらとの声も聞こえるが、「お年寄りの先生ですねー」と不安気に依頼者に見られるまでは走り続けよう。

2015年4月 7日 (火)

サービス残業があるときの労災の年金額の算定

給付基礎日額は、発症(死亡)した日の直近の賃金締切日を基準にして3ヵ月分の賃金の日額(平均賃金日額)を基準にして算定されます。
過労死・過労自殺の事件では、未払いの残業手当がある場合が殆どです。かつては会社が実際に支払った額のみを基準にして給付基礎日額は算定されていました。
しかし、ご遺族の「夫は死んだ後もサービス残業なんでしょうか」との声を聞いて、不服申立てや訴訟で争った結果、現在では未払残業手当も含めて給付基礎日額は算定されるようになりました。
厚生労働省は平成22年2月25日付けの基労発0225第1号の「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」との通達で、労災保険の補償額の基礎になる給付基礎日額(過去3ヵ月の平均賃金)の算定にあたっては、「現実に既に支払済となった賃金のみをいうのではなく、実際に支払われていないものであっても、平均賃金の算定事由発生日において、賃金債権として確立しているものも含むものであることから、給付基礎日額の調査に際しては、未払い賃金の有無についても留意して行うこと」としています。

私が担当した給付基礎日額を争った事件は以下のとおりです。

Photo

地方公務員について公務上外を判断し、遺族補償年金を支給するのは地方公務員災害補償基金(地公災)です。地公災はサービス残業を含めて年金を算定するのをずっと認めていませんでした。
私が担当したこの点を争った地公災を被告とする事件で、平成22年8月26日奈良地方裁判所は、県立病院の研修医が過労死し、公務上と認定された事件につき、未払いの時間外・休日・夜間手当等も加算して遺族補償額の基礎となる平均給与額(過去3ヵ月の平均給与日額)を決定すべきとして、これを加算せずに決定した原処分を取消す判決を下し、大阪高裁、最高裁はこの奈良地裁の判決を支持しました。
その結果、地方公務員についても不払いの給与があれば、その額を含めて平均給与日額(労災の給付基礎日額にあたる)を算定することになっています。

過労死・過労自殺で業務上と認定(労災認定)されたときの補償額は

過労死等により業務上の死亡と認められた場合には、労災保険からはどのような補償がされるのでしょうか。
苦労して過労死が労災認定されても、補償されるのはさしたる額にはならないと考えて労災申請をためらっている遺族の方もいるので、例をあげて説明しましょう。
・遺族:妻(40才)と高校生、小学生の2人の子
・亡くなった夫の月収:30万円(1日当たり1万円=給付基礎日額)
         ボーナス:73万円(1日当たり2000円=算定基礎日額)
・遺族厚生・基礎年金も受給している。
のケースで考えてみます。

支給される補償は、
・遺族特別支給金:300万円(定額)
・遺族補償年金
 1万円(給付基礎日額)×223(日分)×0.8=178万4000円(年額)
・遺族補償特別年金
 2000円(算定基礎日額)×223(日分)=44万6000円(年額)
・葬祭料
 31万5000円+1万円(給付基礎日額)×30(日分)=61万5000円
 (但し、健康保険の埋葬料は返金する)
・労災就学援護費
 1万7000円(高校生)+1万1000円(小学生)=2万8000円(月額)
となります。

既に受給している遺族厚生・基礎年金と併給されることになります。高校生の子が18才に達すると、年金の日数は201日分、小学生の子も18才に達すると、妻1人が遺族となり153日分となります。更に妻が55才を超えると175日分に増額されます。

2015年4月 2日 (木)

さまざまの事思ひ出す桜かな

芭蕉の句に惹かれる思いで、近鉄大和高田駅から奈良地裁葛城支部までの高田川沿いの桜並木を春の暖かい光に包まれて歩く。ほぼ満開に咲き誇るソメイヨシノと、ゆったりと流れる川面にたわむれる鯉を賞でつつ。

高田川のほとりの葛城労基署は、1988年4月に大阪過労死問題連絡会が全国で初めての過労死110番を実施したとき、まっ先に奥さんが電話相談してきた、旧椿本精工班長で、年間4000時間という長時間労働のなか過労死した故平岡悟さんが労災認定を受けた労基署だ。
当時高校生だった息子さんが「お父さんは労働組合のある職場で働きたいと会社に入社した。しかし、労働組合が死んでいたのが悔しい」と申請時に陳述した。「死んだ労働組合」この言葉の重さが、私を「過労死弁護士」への道を歩み出させた一言だった。

奈良地裁葛城支部は、私も原告の代理人として、ホテルの支配人が重い責任と長時間労働のなかで過労自殺した事件の損害賠償訴訟が争われた裁判所だ。
会社の謝罪も含めて勝訴の内容の和解が成立したあと、遺族の奥さんと弁護団や支援者と共に、今回と同じように桜が満開の高田川をそぞろ歩いたことが、ほんの少し前の出来事のように思い出された。しかし、良き解決を喜び合った川沿いの小さな喫茶店は閉店し、荒れたままになっていることが時の移ろいに気づかせてくれた。

悲しい出来事、しかしそれにめげずに立ち向かう遺族の心に春の光がさしこみますように、あわただしい仕事のなか、たまに訪れたうららかな時のなかでそう思わざるを得ない。

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