2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

« 社長らトップの個人責任と、就活情報からみた大庄日本海庄や過労死事件 | トップページ | 過労死防止への課題 »

2015年1月 7日 (水)

何が久人さんを過労死させたのか

ファミリーレストラン「まるまつ」酒田店店長代行をしていた五十嵐久人さん(死亡当時25才)が過労死した事件で、山形地裁鶴岡支部で同店を経営していた「カルラ」(本社宮城県)との間に平成26年12月8日和解が成立しました。会社が労働時間や健康管理に不備があったことを認め謝罪し、原告であるご両親に弔慰金を支払うほぼ完全勝訴の内容の和解です。私の事務所のある大阪から山形県鶴岡市まで度々通った感慨深い事件の1つでした。
ご両親の知人、友人らが「道の会」という裁判支援の会をつくり、過労死防止法制定のための署名や、ご両親の地元の三川町や鶴岡市、酒田市等の町・市議会で制定のための意見書を国会に提出する運動に尽力してきました。
「道の会」を解散するにあたり寄稿した文を紹介します。

--------------------------------------------------
              何が久人さんを過労死させたのか

                               過労死弁護団全国連絡会議代表幹事
                                      弁護士  松  丸     正

1 久人さんの過労死
 株式会社カルラは「和風レストランまるまつ」等の外食店舗を東北・北関東地区において経営する会社です。
 故五十嵐久人さん(死亡時25才)は、大学を卒業したのち平成21年4月にカルラに就職し、同年3月23日より「和風レストランまるまつ酒田店」で店員として勤務を開始しました。平成22年3月1日には入社1年もたたずして店長代行に昇進し、まるまつ酒田店の営業の責任者となっています。
 久人さんは平成23年2月に会社より栃木県内の24時間営業の店舗への転勤を求められましたが、今まで以上に過重な業務となることや、自宅のある山形を離れたくなかったことから、同年3月15日付けで退職することとし、同年2月22日以降は有給休暇を使い就労していませんでした。
 しかし、久人さんは平成23年3月21日午前5時ころ、自宅において心筋梗塞(死亡診断書上の直接死因の病名)を発症し亡くなったのです。

2 久人さんの労働時間
 会社が把握していた久人さんの時間外労働時間は、
  発症前1ヵ月目 0時間
   〃 2ヵ月目 14時間
   〃 3ヵ月目 28時間
   〃 4ヵ月目 52時間
   〃 5ヵ月目 60時間
   〃 6ヵ月目 41時間
でした。
 しかし、裁判のなかで明らかになった警備記録等に基づく実際の時間外労働時間は、
  発症前1ヵ月目 14時間
   〃 2ヵ月目 112時間
   〃 3ヵ月目 142時間
   〃 4ヵ月目 170時間
   〃 5ヵ月目 193時間
   〃 6ヵ月目 180時間
でした。
 厚生労働省が定めた過労死の認定基準は、月80時間の時間外労働を過労死ラインとしていますが、久人さんの発症前の時間外労働はその2倍あるいはそれ以上の常軌を逸した長時間労働でした。

3 社長の「稼働計画は絶対」との命令の下で「偽造」された労働時間
 なぜ、会社が把握した労働時間と実際の労働時間との間に著しい食い違いが生じたのでしょうか。
 この会社の社長は「稼働計画は絶対」との下に、社員に対し「稼働計画」=勤務予定にあわせてタイムカード(IDカード)の打刻をすることを命令し、社内報でもその徹底を指示していました。
 タイムカードは実際の出・退勤にあわせて打刻するのが当然ですが、この会社では稼働計画にあわせて打刻することを社員に強制し、稼働計画に組み込まれた時間外労働時間のみを時間外労働として把握していたのです。稼働計画にあわせたタイムカードの打刻により虚偽の労働時間がつくられていたと言っても過言ではありません。労働時間を適正に把握することにより長時間労働が生じないようにして社員の心身の健康を守ろうとする姿勢は、この会社には認められませんでした。
 久人さんの過労死に限らず、過労死や過労自殺の背後には、このような会社による労働時間の適正把握の懈怠があります。

4 実際の労働時間を明らかにするなかでの和解成立
 裁判のなかでの弁護団の立証は、隠された労働時間を警備記録という嘘のない客観的な記録をもって明らかにすることに注力しました。
 また、発症前1ヵ月間は久人さんは会社を退職することにして仕事をしていなかったので、発症前2ヵ月目以前の長時間労働と発症との相当因果関係を明らかにすることも重要な争点でした。
 久人さんの事件は、2年間の裁判を経て平成26年12月8日裁判上の和解が成立しました。成立にあたり裁判長は、原告であるご両親に対し久人さんが亡くなったことについて哀悼の意を述べるとともに、被告のカルラに対しては社員の労働時間並びに健康管理に尽力するようにとの言葉を添えていたのが印象的でした。

5 若者が夢をおいかけ生き生き暮らせる社会であってほしい
 久人さんは亡くなる1ヵ月程前、あまりに過酷な勤務に耐えかねて母親の照子さんに、「お母さん見ていて分かると思うけど、今の仕事やめるかも」と話し、退職を決めています。
照子さんは新聞の読者のページにこのことを投書しましたが、その投書が掲載された翌日に久人さんは帰らぬ人になっています。その投書は「早くやめた方がいいよともいえず見守る親もつらい。若者が夢をおいかけ生き生き暮らせる社会であってほしい」と結ばれています。
 「道の会」による自治体の意見書提出の運動の力もあって、過労死等防止対策推進法が成立しました。過労死防止元年と言える今、久人さんのような悲しい出来事が起きることがないよう、過労死防止への「道」を広く踏み固めていきましょう。

« 社長らトップの個人責任と、就活情報からみた大庄日本海庄や過労死事件 | トップページ | 過労死防止への課題 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1283691/58505994

この記事へのトラックバック一覧です: 何が久人さんを過労死させたのか:

« 社長らトップの個人責任と、就活情報からみた大庄日本海庄や過労死事件 | トップページ | 過労死防止への課題 »