労働保険審査会の救済機関としての改善の方向―テレビ会議システムは是か非か―
1 労働保険審査会での審理と行政訴訟との関係
過労死や過労自殺の行政段階の労災請求手続は、まず労基署長が業務上外を判断し、業務外として不支給の判断をすると、各労働局に置かれた労災保険審査官に審査請求をすることになります。審査官でも不支給となったときは労働保険審査会(以下、審査会といいます。)に再審査請求をします。
かつては労働保険審査会の裁決が下された後でないと、地方裁判所に労基署長の下した不支給処分の取消しを求めて提訴することができませんでしたが、法改正により再審査請求をした後3ヵ月以内に裁決を下さないときは提訴できるようになりました。ですから、再審査請求をして3ヵ月を経過した後は、審査会の再審査請求手続と地方裁判所での行政訴訟を併行して進めることができます。
審査会の棄却の裁決が下されてから提訴した方がいいか、併行して審理を進めた方がいいかは、それぞれの事件によって異なりますが、併行して進めた方がいずれかの手続で業務上と認められればいいのですから(訴訟の場合は控訴することもありますが)、早期の救済という点からは併行して進めた方がよい場合が多いでしょう。
2 テレビ会議システムについて
審査会は、法律上は労基署長や審査官同様、自ら証拠の収集をして調査する権限が認められているのですが、実際には調査が行われず書面審理に近いものになっています。しかし、会社に資料の提出等を求める権限も審査会にはあります。事案によっては審査会に「審理のための処分の申立」をして、会社の資料を取り寄せさせたりすることも必要です。
再審査請求をして最近では3ヵ月から半年位すると審理期日の通知が来ます。東京都港区の労働委員会会館で審理が行われ、請求人は出頭して意見陳述を行うことになっていました。
しかし、法律が改正されて、テレビ会議方式による審理が認められるようになり、請求人は東京の会館に出向かなくても、その選択で各地の労働局で、テレビ電話方式で審理を行うことができるようになりました。
私はこれを2回経験しました。しかし、審査会は50インチの大型ディスプレイが置かれるのに対し、労働局に置かれたテレビは15インチのノートパソコンという小画面のものです。しかも、「パソコンは2台しかないので、出席者は2名まで」と、「審査員の発言が聞き取りにくい、逆にあなたの発言が審査員に伝わりにくいことがあります」と、この手続の説明書には書かれている有様です。委員の顔や表情はそれでは読めませんし、委員の声も聞き取りにくく、また請求人や代理人の意見陳述もどのように審査員に伝わっているのか、よくわかりません。東京まで来る労力と費用を省けるのだから、この程度のもので我慢せいと言わんばかりです。
3 テレビ会議システムは是か非か
審査会での救済率は、平成21年度についてみると業務上外事案については棄却375件に対し、原処分取消として救済されたのは僅か13件にとどまるという低いものであり、請求人や代理人に対し意見陳述と、それに対する審査会の委員の質問がなされるだけということを考えると、東京まで出向くというのも、それなら訴訟に力を注ごう、という気持ちにもなります。
審査会の待合室で、他の事件の審理に来た地方の当事者に声をかけることがありますが、個人で取り組んでおり、短時間で審理を終え、肩を落として審査会を去る方も少なくありません。
審査会の審理を空虚なものにさせてはならない、現状の改善をさせ、救済機関としての機能を回復させるためには、審査会に出向く時間と費用を惜しんではいけないのでしょう。その点からするなら、テレビ電話会議による審理は、地方の当事者の便宜というより、審査会の形骸化を手続の面からも認めることになりかねません。原則として審査会での審理を選択すべきでしょう。と同時に、テレビ会議システムを請求人の立場で考えたものに改善させる取り組みも大切です。
4 審査会での審理にあたり留意すべき点
審査会の手続にあたっては、つぎの点に留意することが大切です。
① 一件記録(プリント)のうち省略部分のあるときはその提出を求めること(審査会にその旨申し出ると省略分のコピーが送付されます)。
② 審理調書のコピーを求めること(審理の日にその請求書類を審査会に提出すると後日送付されます)。
③ 傍聴ができますから、傍聴席を埋めて事件の重要性を委員に注目させること。
④ 労働側の参与委員と予め打合せして適切な質問を参与からしてもらうこと(しかし、参与委員は意見を述べるのみで裁決に関与する権限はありません)。
⑤ 事案によっては、会社への調査申立をして、審査会自ら調査を行うことを申し出ること。
5 審査会の改善の方向
手続の改善を求める点は、救済率をあげ、救済機関として機能するようにさせることは勿論ですが、つぎの点も大切です。
① 一件記録(プリント)を再審査請求後速やかに交付すること(現状は審理期日が決まった後、その期日の2週間程前に交付されます)。
② 審理の時間を長時間にして、事案によっては審査会自ら調査したうえで再度審理期日を開催すること(現状は30分程度の審理時間しかとらず、意見陳述の時間について「書面に書いてあるから」と制限されることが多い)。
③ 棄却の裁決のなかには、その理由が簡略化され、その判断の経過が明らかでないものがある。それを改善すること。
④ テレビ電話方式による審理を改善させ、労働局に置かれるディスプレイを審査会のディスプレイと同様大型にするとともに、音声もはっきり聞こえるものにする。
審査会の手続を実質化するため、審査会の手続を経験した際の不満と怒りをそのままにせず、議論を重ねて家族の会としての申し入れを行うことが大切です。
(全国家族の会ニュースに寄稿)
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